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“平成生まれっぽくない”女優の木竜麻生が、5年かけてお父さんにデビューを認めてもらうまで

木竜麻生さんインタビュー #2

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関ジャニ∞のライブに行ったり、年相応にミーハーな感じ

――初めての東京って、どんなところでしたか。

木竜 14歳の発想で東京といえば、渋谷、原宿、浅草、東京タワーみたいな(笑)。ディズニーランドが東京にないっていうのもその時知ったくらいでした。母と、新体操をやっていた幼なじみの女の子と、その子のお母さんと4人で遊びに来ていて。前日には、もともと好きだった関ジャニ∞のライブに行ったんですよ。年相応にミーハーな感じでした。

 

――女優になってみたいという気持ちは?

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木竜 その頃、やってみたいっていう気持ちはなかったんですよね。新潟の普通の女の子だったので……。母と兄がよく映画を観る人だったから、一緒に観たり。興味はあったけど、自分が女優になるっていうことはスカウトのあともあまり想像していなかったです。

 私は3人兄弟の真ん中で、兄と弟がいます。父は宮藤官九郎さんの脚本が好きで、「池袋ウエストゲートパーク」とか「木更津キャッツアイ」などのドラマを家族でよく観ていました。夕方5時くらいの再放送ドラマもけっこう好きで、母の世代が観ていたような「きらきらひかる」「ケイゾク」を家のテレビで観ていて。

 

――そして2013年の春、大学生に。

木竜 大学は文学部で、国文学科に行ってました。大学1年~2年くらいまでは、わりとまんべんなく古典や漢文も。あとは詩の授業をとったり。私、理系が本当にだめで。でも国語の授業は好きだったんですよね。教科書に載っている小説を、まだやらないんだけど先に読むのが好きでした(笑)。国語の先生とおしゃべりするのも好きでしたね。

ふとした時に読み返すのは、散文より詩が多いかもしれない

――好きな作家や詩人はいましたか?

木竜 最初に好きになった詩人は、谷川俊太郎さんです。大学に入ってから詩集を買ったりして。それまでも知らないうちに、谷川さんが翻訳された「ピーナッツ」にふれていて、気になって。

 茨木のり子さんや室生犀星の名前はすごくよく覚えています。今でも詩は好きですし、本はまだまだ読まなきゃいけないなあ、と。大学の授業では文庫本を1冊取り上げて進めるコマがあって、その時に読んだ江戸川乱歩は面白かったですね。

――江戸川乱歩。

木竜 はい。面白いというか、かなりシュールだと思ったのは「人間椅子」。「お勢登場」もなんかこう、「この人何考えてるんだろう」って作者に対して思ったりしていましたし(笑)。「D坂の殺人事件」も。『江戸川乱歩短篇集』(岩波文庫)に収録されたお話はどれも印象に残っています。

――詩に惹かれるのは、どうしてでしょう。

木竜 谷川俊太郎さんの詩が好きです、という話を知人にしたら、「じゃあもしかしたら茨木のり子さんって方、好きかもよ」と言われて。たまたまその話をしたちょっと後くらいに、古本屋さんで茨木のり子さんの詩集を見つけました。「倚りかからず」と「自分の感受性くらい」を読んで、「ああ、やっぱり好きだな」と思って。ふとした時に読み返すのは、散文より詩が多いかもしれないですね。

 

――卒業論文は、「雑誌から生まれた造語」をテーマに書いたそうですね。

木竜 そうなんです。こんなに詩のお話をするなら、詩にすればよかったかもしれないんですけど(笑)。その時は、例えばファッション誌の中でしか使わないような言葉をあれこれ取り上げたいと思って。服やメイクのことを表現する時にだけ生まれるような言葉を書き出して、自分なりに統計を作りました。

――例えばどういう言葉ですか?

木竜 なんだろう……。「洒脱」とか。なかなか日常会話では使わない言葉を集めていましたね(笑)。