五感を駆使する駆け引き
胴師はダボシャツの左肩に浴衣を掛けていた。札をくくる仕草はその浴衣によって隠されていた。盆中が一斉に沈黙する。胴師が勝負に入ったあと、盆中にいる人間はすべての動きを止めなくてはならない。客たちが胴師の一挙手一投足を見逃さないよう、五感をフルに使ってその様子をうかがっているからだ。歩き回って床を動かしたり、声を発して音を遮ったり、それを邪魔することはなんであってもタブーとされる。息を殺し、その場に凍り付き、そうして盆中の時計は止まる。
胴師は少しうつむき加減で札をくくり、カミシタの中にカルタを入れた。目の前にはモクと呼ばれるスコアブックがあるが、それをまったく見ようとはしなかった。モクに目を落とすと、それを読まれてしまう。一番傷が出やすいのは目だ。かといってサングラスで目を隠すのはルール違反とされる。胴師は張り手にすべてをさらし、正々堂々と勝負しなければならない。
張り手は基本的にスコアブックであるモクを見て考えるという。胴師から見て一番右は、先ほど胴師が選んだばかりの目だ。これをネと呼び、2番目がコモドリ、この二つをクチという。
3番目はサンゲン、4番目はシケン、この二つはナカナである。
5番目はフルツキ、最後はケツ、この二つをオクと呼ぶ。
クチがくるかオクがくるか、それともナカナを触っているか……張り手は胴師の一挙手一投足をみつめ、頭の中でこれまで胴師が引いた札のパターンを考える。最後の博徒と呼ばれた波谷守之はナカナを待った。ここだ、と見定めたとき、有り金すべてをナカナに張るのだ。
胴師の掛け声が勝負を盛り上げる
淡々とした勝負が続くが、サクサクとゲームが進むというわけにはいかず、盆中を盛り上げるのは、合いの手を入れる合力の力量も大きい。
胴師が静かに、目の前にカミシタを置いた。
「出来ました!」
「さぁ、さぁ、さぁ張っておくんなはれ」
「たのんます。勝負いきまっせ」
だるい博奕にならないよう、合力が威勢のいい声を上げた。張り手の親分たちはモクや胴師の様子を見ながら、じっくりと目を考えていた。平均して1、2分。長ければ5分程度、目を考える猶予時間が設けられる。