「戦争をマンガで伝えたい」
それでも『アドルフに告ぐ』は手塚にとって、後世の人々のためにも描かねばならない作品だった。連載終了の時点ですでに戦後も40年を経過していた。単行本がベストセラーとなるなかで彼は、《今の子ども達は、第二次大戦も、日露戦争も関ヶ原の戦いも、歴史の同じレベルでとらえているんですよ。/でも、僕にとっては歴史じゃなく現実だった。戦争の語り部が年々減っていくので僕なりに、漫画で伝えて、ケリをつけたかったんですよ》と本作を描いた動機を明かしている(※9)。このうち「漫画で伝えて」というのは結構重要だと思う。シリアスなストーリーにもかかわらず、ヒトラーの姿が戯画的に描かれたり、本筋とは関係なしにヒョウタンツギや「おむかえでごんす」のスパイダーなどおなじみのキャラクターがひょっこり登場したりと、本作でも手塚はけっしてマンガ的な表現を忘れていない。むしろ、このような重いテーマは、リアリズム一辺倒では伝わらないと考えていたのではないか。その意味で、ピカソがナチスドイツによる故国スペインへの空襲を描いた名画「ゲルニカ」にも似たものを感じる。
『アドルフに告ぐ』は今年に入っても、連載当時の形で復刻した豪華オリジナル版が刊行されたほか、文庫版もなお版を重ねつつあるようだ。文藝春秋から出た単行本や文庫版の累計部数は、現在までに455万部を超えるという。もはや古典といっていいだろう。批判を含め、読者がさまざまな解釈を加えつつ、ぜひ次代へと読み継がれてほしい。
(【初回】「毎週3泊4日で泊まり込み…」“マンガの神様”手塚治虫から原稿をもらうのはどのくらい大変だった? を読む)
※1 福元一義『手塚先生、締め切り過ぎてます!』(集英社新書、2009年)
※2 一億人の手塚治虫編集委員会『一億人の手塚治虫』(JICC出版局、1989年)
※3 『Voice』1986年7月号
※4 手塚治虫『アドルフに告ぐ 第4巻』(文藝春秋、1985年)
※5 『劇団俳優座創立50周年記念公演 アドルフに告ぐ』パンフレット(劇団俳優座、1994年)
※6 尾崎秀樹「解説」(手塚治虫『アドルフに告ぐ 第4巻』文春文庫ビジュアル版、1992年所収)
※7 須藤眞志『真珠湾〈奇襲〉論争 陰謀論・通告遅延・開戦外交』(講談社選書メチエ、2004年)
※8 草森紳一・四方田犬彦『アトムと寅さん 壮大な夢の正体』(河出書房新社、2005年)
※9 『女性セブン』1986年3月13日号(『手塚治虫漫画全集 376 アドルフに告ぐ 5』講談社、1996年/『アドルフに告ぐ オリジナル版 別冊』国書刊行会、2020年再録)