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球技と陸上競技で異なる「走り方」の問題

 実は球技と陸上競技では、そもそも走り方が大きく違うという。眞鍋准教授が解説する。

「あまり知られていませんが、球技と陸上競技は走りの動きに違いがあるんです。100m走競技でのスピード曲線をみると、スタートしてから20m過ぎまでは急激に速度が立ち上がる『一次加速』と定義される局面があります。そこから徐々に加速が鈍っていって、最大速度に到達するまでが『二次加速』。そこからトップスピードになって、後半は少し減速していくというのが一連の流れです。そして、100m走というものはトップスピードがどれだけ高かったかでほぼ勝負が決まってしまうんですよ。

 ここで大事なのが、最初の『一次加速』の局面というのは、いわゆるローギアというか、車でいう1速、2速の動きということなんですね。大きく高く脚を動かすというよりは、膝の曲げ伸ばしを中心に細かくピッチを刻む。その方がスピードを上げやすいんです。ですが、この細かなピッチの『ピストン型』の走り方というのは、速度は上げやすいけれど、最高速度は高めにくいんです」

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球技の選手が得意な走り方は……

 そして、球技の選手はこちらの「ピストン型」の動きが有効だという。

「そもそも野球にしろサッカーにしろ、球技の選手って多くは20m程度の距離が速ければ十分。なので彼らはこの『一次加速』の走り方を徹底的に練習しているはずなんです。だから最初の20mは相当速い。それが転じて、『野球選手は50m走が速い』みたいに考えられていると思うんです。一方で、スプリンターは最大速度の高さが大事なので、ピストン型だけではなくて速度が上がってくると脚を前後に大きく振り回す『スイング型』の動作に切り替わってくる。基本、陸上選手はこっちの動きの練習をします。だから、同じ50mでも100m走のラスト50mで見ると陸上選手が圧倒的に強くて、スタートの20mは球技の選手の方が速いということになると思います」

 同じ短距離走というくくりでも、その中身は似て非なるものなのだ。

陸上競技と球技では根本的に走り方が異なるという 作成:眞鍋准教授

トップスプリンターに勝つというのは「まずありえない」

 では、実際に球技の世界からスプリントの世界に転身して戦えるような選手はいるのだろうか?

「大人になってからのコンバートというのは現実的ではないかもしれません。もちろん全ての選手を見たわけではないですし、例えばNFLの選手と交流があるわけでもないので、あくまで映像でみたレベルの話になってしまいます。でも、少なくとも私が接してきた国内の球技種目の選手で『桐生(祥秀)君とか(サニブラウン)ハキーム君に勝てそうだな』と思うことは、まずありえないですね」

 そこには身体構造上の問題もあるのだと眞鍋准教授は言う。

「その根拠の1つが、足が地面についている接地時間です。例えばジョギングの時の一歩の接地時間は普通の人だと0.3秒くらい。日本のトップスプリンターが全力で走ると0.1秒くらいで、世界のトップともなると0.1秒を切ってくる。これはつまり、それだけの短い時間に体を前に進めるだけの力を地面に加え終わらないといけないということです。0.1秒以下でそれをやるには、簡単に言えばものすごく固いバネが下肢にないといけないんです」