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親を騙すしかなかった

 つまり、学校から保護者に美術教材費「1000」円の請求があると、その金額を「3000」円とかに書き直して両親に渡すのだ。息子が無言で渡してきた学校からの教材費の請求が、水増しされたものであることを確認するためには、学校に直接問い合わせるか、あるいは他の同級生の親に真贋(しんがん)を確認するしかないが、流石にそこまで疑う親はいない。

 私はこの行為を中学生の時から繰り返して小銭をせしめては、ほとんど全額をカルチャーへの傾倒のために必要な資金に充当した。というのも、中学1年の冬、親族から貰ったお年玉をかき集めてプリンター機能がついたワードプロセッサを近所の電気店の安売りで購入したからである。確か当時、値段は税込3万円ジャストくらいだった。

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 教材費「1200」円のところ、接頭の「1」を「2」や「3」、場合によっては「4」に糊(のり)付けして張り替えて文書を捏造し、近所のコンビニで10円でコピーして数字部分の結合箇所、つまり張り紙を違和感無く、真正の請求書類のように複製することはたやすいことであった。

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 はたまた、請求額の水増しではなく、根本から請求書そのものをでっちあげて、一から事務的文書を構成しワードプロセッサで印刷して、丸々数千円をネコババしたことも数えきれない。このワードプロセッサのおかげで、私は事務的文書以外の、様々な文章を思い通り書いた。今にして思えばこの作業こそが、私に文章を創作する熱意と基本的技術を与えてくれたのかもしれない。

 ●学校への“盲目的信頼”に助けられる

 この行為は、厳密にいわなくても文書偽造であるが、しかし当時の私の追い詰められた精神の中で、唯一のガス抜きはこれしかなかった。だから私は、他のどんな中学生よりも、他のどんな高校生よりも可処分所得が多く、それらの資金で古書店に行って本や雑誌を買い(例えばわずか1000円の水増しで、100円の中古新書を10冊買うことができた。そういう良心的な値付けの古書店が近所にあった。現在は廃業している)、ひたすら読み漁(あさ)った。そして「学校」という公権力にだけは信頼を置いていた両親は、私のこの文書捏造や金額水増しを、ついぞ中学・高校の約6年間、いささかも察知することはできなかったのである。

 そしてこの「不正行為」に存分に活躍してくれた(今にして思えばずいぶん大型の)プリンター機能つきワードプロセッサは、現在では電源を入れても全く起動させることができず、単なる廃家電になっているが、「青春時代の抵抗の象徴」として、今でも自宅倉庫に大切に保管してある。

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古谷 経衡

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