*以下の記事では、現在Netflixにて配信中の『クイーンズ・ギャンビット』の内容と結末が述べられていますのでご注意ください。

 Netflixオリジナルドラマ『クイーンズ・ギャンビット』が、リリースから28日間で6200万世帯という記録的な視聴を得て大ヒットとなっている。 

 このドラマは、1960年代を主な舞台として、主人公のエリザベス(ベス)・ハーモンが孤児となって孤児院に送られ、その用務員に教えられたチェスの才能を開花させ、男社会であるチェス競技の世界で苦しみながらも成長していく物語である。ウォルター・テヴィスによる1983年の同名の小説を原作としたミニシリーズドラマだ。 

Netflixオリジナルシリーズ『クイーンズ・ギャンビット』独占配信中

 筆者も観始めたら止まらなくなり、睡眠時間を削って一気に観てしまった。もちろん、手に汗握るチェスの試合の展開とベスの痛快な快進撃が、純粋なエンターテインメントとして成功している(それも、チェスのルールが分からなくても楽しめるように作ってある)ということもある。そしてアニャ・テイラー=ジョイ演じるベスという主人公の魅力もある。 

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 だが、このドラマの魅力の本体は、それがかなりクラシックな成長物語、専門用語では「教養小説(ビルドゥングスロマン)」の形式を取りながら、それを非常に現代的な形に組み直してみせたことにあるだろう。それは現代の女性の教養小説なのだ。 

「成長」はどのように描かれてきたか

 教養小説とは主人公の少年時代から成人するまでの成長を物語る小説である。「ビルドゥング」とはドイツ語で「形成」、「ロマン」は「小説」の意味なので、「自己形成小説」とでも訳した方がより直訳的だろう。 

 『クイーンズ・ギャンビット』が、最初期の「女の教養小説」たるイギリスの小説家シャーロット・ブロンテの『ジェイン・エア』(1847年)を下敷きにしているとおぼしいのは、偶然ではあるまい。主人公ジェイン・エアは身よりもなく、叔母の家に引き取られて虐待され、ついには厳しい環境の寄宿学校に送られる。

 そこではヘレン・バーンズという親友ができるものの、彼女は病死。やがてジェインは家庭教師として貴族のロチェスター氏の屋敷に勤め始める。ロチェスター氏との間に育まれる身分違いの恋。しかしロチェスター氏には秘密があって……。という物語だ。 

 『クイーンズ・ギャンビット』は一見、『ジェイン・エア』の道具立てを利用している。ベスは孤児であり、厳しい規律を持つ孤児院で暮らす。ジェインにとってのヘレン・バーンズは、年上でベスの親友となるジョリーンである(彼女が黒人であることは重要な改変なのだが、ここでは割愛する)。 

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 この設定は、この作品が『ジェイン・エア』と同じような女性の教養小説=成長物語であることを宣言している。だが、『クイーンズ・ギャンビット』の魅力はその先にある。教養小説=成長物語は時代や地域、そして性別によって大きく異なる。この作品は、1960年代を舞台としつつも、2020年代的な「女の教養小説」になっている。