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「税務署を喜ばせるために仕事してるんやない」

 途中、「メモしていいですか?」と聞くと、「どうぞどうぞ。私の話がお役に立つんやったら」と言ってくれる。取材させてもらっておいておかしな言い分だが、私はまずもってまゆ美ママが取材に好意的であることが不思議でならなかった。

 飛田の料亭の経営者であることを、誇っているのだとさえ思える。やっていることへの後ろめたさはないのだと思う。

「女の子をつくっていく」この仕事が天職だと思うと言う反面、「後ろの車が警察の車に見える」ほど胃を痛める。すべて「お金」のためと言うも、そのお金の保管方法が、箪笥預金だったとは。「HIVのことなんか考えたら、この商売はできない」ともいう。「適正申告して、税金を払っても、十分に儲けが出るはず」「HIVは絶対に予防しないといけない」と私なりに突っ込んだが、「税務署を喜ばせるために仕事してるんやない」「(HIVは)大丈夫」と言う。「井上さんには分からへんのやろなぁ」と、小さく笑いながら突き放したように言う。

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撮影/黒住周作

女の子に教えることによって、私は仏に近づいていっていると思っています

 聞いているうちに、彼女の「飴と鞭」に飲み込まれていく女の子たちの気持ちが少しだけ分かるような気がしてきた。妙だが、彼女には「確固とした“商売哲学”」があるような錯覚に陥るから。「この“強い”ママの言うとおりにしていたら、暮らしていける」。当面の衣食住が保証される。先のことは考えない。というか、考えられない。びくびくしながらその日その日をやり過ごさざるを得なかった女の子たちにとって、ある意味「安心して」身を売るだけで暮らしていける唯一の場をこの人が提供してくれるのだから。まゆ美ママは、それもこれも包括して誇っているのだろうか。女の子たちのことを「女優」と言ったママのほうこそ、一枚も二枚も上の女優で、誇り高さを演じる女優なのかもしれないとも思えてくる。まゆ美ママはこうまで言った。

「こんなん主人にも言うたことなくて、井上さんにだけ言いますけど。私はそんなええ人間と違いますけど、心の中で、仏さんに近づきたいと思ってますねん。生きてる間に仏になりたい、世の中に尽くして、いい人生を送りたいと思ってますねん。徳を積む生き方をしたいんですわ」

「女の子を助けてるとまでは言えへん。商売は自分のためにしているから。でも、女の子に、(所作などいろいろなことを)教えることによって、私は修行している、仏に近づいていっていると思っています。今は、胸はってこの仕事をしている。警察につかまっても、命まで取られませんやん」

さいごの色街 飛田 (新潮文庫)

理津子, 井上

新潮社

2015年1月28日 発売

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