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『騙し絵の牙』の撮影中は、大泉にあてがきして書かれた作品にもかかわらず、吉田大八監督から「いまのは大泉さんっぽかったからNGです」と何度も言われたという。これについて大泉は《監督が映画でイメージする速水は素の大泉洋ではないんですね。結果、おそらく僕がこれまでやってきた作品の中で、一番素の僕とは離れた映画になったと思います》と述べている(※6)。

©文藝春秋

「大泉さんはいい意味で臆病」

 大泉とはこれが最初の仕事となった吉田監督は、《大泉さんはいい意味で臆病というか、慎重なところがあって、クランクイン前に脚本について何度か長い話し合いの場を持ちました。やりとりを通じてお互い納得を深め、映画が目指しているゴールが次第に明確になっていく、その時間がすごく有り難かったです》と振り返っている(※6)。

「慎重なところがある」とは、付き合いの長い鈴井亜由美も書いていた。東京進出のためアミューズとの業務提携を進めていることを事前に大泉に知らせたときには、《東京に行かなくたって今俺らには仕事あるでしょ? 東京の芸能界は怖い。すぐ消えちゃうことになるって》と強い抵抗に会ったという(※2)。そんな彼が最終的に上京を決心したのは、鈴井貴之の「大きな船でいきなり広い海の真ん中に出ていくわけじゃない、ゆっくり手漕ぎボートで出ていって、何かあればまた岸に戻って来られるんだから」という言葉に安心したからだった(※5)。

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作品ごとに違った色で輝く俳優・大泉洋

 慎重で、疑い深いところもあるが、一度相手を信じたらとことん身をゆだねる。それが大泉洋という人間らしい。《ぼくはあくまで他の人と一緒にやることで初めて輝ける人間だってこともわかってるんですよ。だから人と人とのつながりや出会いを大切にしたいって非常に強く思っている》とは、東京進出直後のインタビューでの発言だ(※3)。

 いまや彼は、さまざまなつくり手たちと組むことで、作品ごとに違った色で輝く俳優となっている。すでに来年には三谷幸喜が再び手がける大河ドラマ『鎌倉殿の13人』で源頼朝を演じることも決まっている。果たして今度はどんな色で光り輝くのだろうか。

©文藝春秋

※1 『ダ・ヴィンチ』2017年10月号
※2 クリエイティブオフィスキュー『CUEのキセキ クリエイティブオフィスキューの20年』(メディアファクトリー、2012年)
※3  OFFICE CUE Presents『鈴井貴之編集長 大泉洋』(新潮社、2005年)
※4 『週刊文春』2014年10月16日号
※5 『SWITCH』2020年9月号
※6 映画『騙し絵の牙』パンフレット(松竹編・発行、2021年)