金庫の500万円は手付かずで残っていた
「この事件はモノ取りじゃねえ」
事件から数年後、指揮を担当した捜査幹部の一人は、現場や捜査資料を見て直感したという。
確かに、38口径のフィリピン製拳銃「スクワイヤーズ・ビンガム」の粗悪品から発射された5発のうち、1発は金庫に向けて放たれていた。しかし金庫は開錠されず、約500万円の売上金は手付かずで残っていた。鍵は夜間担当者の稲垣さんが持ち、ダイヤル番号など開錠方法が書かれた紙は事務所内にあったにもかかわらず、犯人は呆気なく金庫の金や室内の物色を諦めて姿を消したのだ。結果として、3人の女性を数分のうちに容赦なく射殺しただけに過ぎない。
「ナンペイは大通りから離れた、静かな住宅街に在った。さらに、下見を繰り返せば、セキュリティの甘さを見抜くのは容易(たやす)い。わざわざコロシを犯してまでタタキ(強盗)のヤマを踏む必要があったのか」(前出・捜一OB)
事件の本質を殺人に見立てた時、捜査の軸足が置かれたのが、稲垣さんの交遊関係だった。かつて地元高級クラブの売れっ子ホステスだった彼女の周りには、常に複数のオトコが存在した。特に、不倫関係の清算を巡って揉めていたとされる会社社長は、関与の有無を徹底的に洗われている。
「暴力団関係者との交流も含めてキッチリ調べたが、そのセンもクロにはならなかった」(同前)
初期捜査に見落としはなかったのか?
ナンペイの捜査経験者への取材で一致していた意見がある。はたして初期捜査に見落としはなかったのか――。
「子どもが2人も巻きこまれたんだ。あの現場を見て、捜査の手を緩めるデカなどいない。だが、当時は一連のオウム事件、長官狙撃事件に捜一捜査員の大部分が動員されていたのは紛れもない事実。当初、八王子には遠方から土地鑑のない者も多く応援に駆り出されていた。
後年、捜査に加わり資料を読み返した時、『未了』、『未決』案件が多いことに驚いた。当日は現場の目と鼻の先で午後9時過ぎまで町内の盆踊り大会が開かれていたが、本当に目撃者はいなかったのか。業者をはじめスーパーに出入りできたすべての者を潰しきれたのか。稲垣さんの交遊関係は完璧に追えたのか。当時であれば入手できた証言や資料も、今となっては時間の経過に阻まれる」(元捜査幹部)