野村氏が99年の春季キャンプで、新庄に投手をやらせた理由
「傍から見ていても、彼の持ち味である思い切りのよさが、年々なくなってしまっているように感じた。どん欲に野球に取り組んでいるようには見えなかったんだ。オレの流儀に反するところではあるんだけど、彼と直接話したことで、もっと自由に、伸び伸びプレーさせたほうがいいんじゃないかって思った」
たとえ天才肌の人間であっても、欠点は必ずある。新庄とて例外ではなかった。だが、欠点を単刀直入に言って直すのでは効果がないし、そもそも本人のプライドを傷つけてしまう。
「お前さんはこんな才能もあるじゃないか」とプライドをくすぐることで、言われた当人のモチベーションが上がり、ヒントになる何かを発見することができる。結果、新庄に対しては、「叱らずに、おだてて褒める」方針を掲げた。99年の春季キャンプで、新庄の希望するままに投手をやらせたのは、野村にそうした考えがあったからだ。
新庄がブルペンで投げ終わると、野村は待ち構えていた報道陣に向かって、「ストレートの伸びは、金田(正一)、江夏(豊)級や」と賛辞を送った。新庄も意気揚々として翌日もブルペンに入って投げる。楽しそうに野球をしている姿は、まさに野球少年そのものだった。
「投手って考えている以上に難しいですね」
それから数日後、新庄はブルペンで野村の姿を見つけると、こんな話をしだした。
「投手って考えている以上に難しいですね」
「どういうことだ」と野村が新庄に訊ねると、「ストライクをとるのって、簡単ではないですよね。思い切って投げるとコントロールがバラツキますし、コントロールを気にしだすと今度はスピードがなくなってしまう。コントロールよく全力で投げるのって、相当の技術が必要なんじゃないかってことに気がついたんです」と答えた。
これこそ野村が一番待っていた答えだった。
「そうだろう。お前さんが打席に立っているとき、相手の投手もそう考えてマウンドに立っているんだぞ」
新庄はうんうんとうなずきながら黙って野村の話に耳を傾けていた。相手投手の心理状態を説明することで、「打席に立ったとき、自分も苦しいが、相手投手は自分と同じかそれ以上に苦しんでいる」ということを、論理的に理解することができたのだ。
(#2へつづく)
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