東京の立ち食いそば屋チェーンで、「黄色い看板」「漆黒のつゆ」「げそ天がうまい店」「古めかしい店舗」「茹麺使用の店」といえば何処の店だかお分かりだろうか?
それは「六文そば」だ。筆者が「六文そば」に出会ったのは1986年頃である。仕事で三越前に行ったときに偶然発見し、即のれんをくぐった。もともと立ち食いそば好きだったからだ。店内は午後3時頃なのに盛況で、ほとんどの客が「げそ天そば」を食べていた。自分も迷わず注文した。
すぐに提供されたどんぶりの中をのぞき込むと、漆黒の色をしたつゆに少しビビった。恐る恐るひとくち飲んでみると、思ったほどしょっぱくなく、かつお出汁がすごく利いたうまいつゆで驚いた。
そして、げそ天に視線を移した。他の店でみるようなげそを1~2本そのまま美脚のように揚げるタイプではなく、ぶつ切りのげそかき揚げになっていて、見た目は茶色の塊である。それをおもむろにかじってみると、カチンカチンで顎が疲れてしまうくらい硬かった。タコじゃないかと思うくらいに太いげそで、香ばしい味がする。後に、遠洋でとったアカイカのげそを使用していると知った。
それから「六文そば」のげそ天に夢中になって、都内で「六文そば」を見つけるたびに食べるようになっていた。そしてだんだん「六文そば」のことがわかってきた。
天ぷらのレパートリーがとにかく豊富で目移りする。げそ天だけでなく、ピーマン天や春菊天、紅生姜天、鰺天、かき揚げ天、ごぼう天、ナス天、ちくわ天など。ソーセージ天、コロッケは、創業当初からあるそうだ。さらに「中延店」にはかつてはオキアミ天があって、それしか食べない常連もいた。
とにかく天ぷらの種が豊富で目移りする。当時、それだけ種類があった立ち食いそば屋はなかったと思う。夏に食べる「冷しげそ天そば」は顎崩壊の絶品メニューである。冷しのつゆは、さらに濃く黒い。
立ち食い寿司のカウンターを応用
「六文そば」ではカウンター上のガラスケースに天ぷらが並ぶ。客はそれを見ながら天ぷらを選んでお金を払う。すると、ガラスケースの下のカウンターから注文品が差し出されるというシステムである。このカウンターは当時、立ち食い寿司で使用されていたもので、それをそば屋に応用した。今となっては当然に思えるが、それを導入した方は天才だと思う。
また、今は生麺を使う立ち食いそば屋が増えているが、当時は茹麺がまだ主流であった。どちらがうまいということではなく、「六文そば」ではつゆ、天ぷら、茹麺のバランスが絶妙で完成されたうまさであった。いわゆる「六文スタイル」といっていい。