そういった「カルチャー」としての顔を持つジャンルの場合、専門用語や独特の言い回しが非常に多くなる。専門誌と一般誌を読み比べると、同じことを伝えるにしても、言葉の選び方や使い方も全く違った形になってしまうのだ。
愛好者には馴染みある賛辞「やべー」
かくいう筆者も20年以上前に、数少ない専門誌を食い入るように読み入っていた1人なのだが、実は五輪の解説で瀬尻プロが発していた言葉は、これらの専門誌で使用していた言葉と類似する点が多々あるのだ。
瀬尻プロの発した「やべー」は、小さかった日本のスケートボードコミュニティが育んだ文化の中で、自然と多用するようになった言葉であるし、選手や成功させた技に対する最大級の賛辞としての使い方も、愛好者には馴染みあるものだった。
「ビッタビタ」も同じように、スケートボード文化に根ざしたライフスタイルを送ってきた人であれば、多くの専門誌やスケートボーダー同士のコミュニケーションで使われてきた言葉のひとつなので、すんなりと入ってきたはずだ。
カルチャー用語「ゴン攻め/ビッタビタ」にハマる人がいたワケ
ただこういった言葉は、スケートボードの大会を初めて見る方には「聞きなれないカタカナ語」として捉えられ、私たちが見る競技ではないのか、と嫌厭してしまうこともあるだろう。しかし、彼の解説はそれだけではなかった。「スッゲェ~…」とシンプルで短いながらも、心が動く言葉を発していたのは誰が聞いても明らかで、どれも選手への敬意を表した、彼の優しい人柄を象徴するものだった。
もちろんアナウンサーに解説を求められた際も、控えめかつ聴きやすいトーンで、今何をどうやって、どのように難しいからこういう得点なんだということを非常に分かりやすく丁寧に説明してくれていた。
スケートボードは、未経験者が技を見極めるのは難しい。技の名前も聞いたことないカタカナばかりなので、実際にどのくらいすごいのかは伝わりにくい競技である。そんな中で彼のシンプルな言葉、そして感嘆するような静かなトーンでの「スッゲェ~…」、「鬼ヤベェ」は、初めてスケートボードを見る人にとっても、非常にわかりやすいものだったのではないだろうか。
瀬尻プロは「一つお伝えしたいのは、オリンピックの解説で、自分が気負いせず、自然体で話せたのは、間違いなくパートナーを組んでくれた倉田アナウンサーのおかげで、ということです。倉田さんじゃなかったら、間違いなく今回のような結果にも絶対につながっていないと思います」と、倉田アナに感謝していた。
業界内からも解説への抜擢は、彼以外にいなかったとの声が相次いでいるし、それも世界を舞台にコンテストにおいて、前人未到の道を拓いたキャリアがあってのこと。改めて彼には賞賛の言葉を送りたい。