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連載クローズアップ

原因不明の火災で自宅が全焼、ヤケドを負った夫は緊急搬送…その時、妻がスマホで撮影を開始した理由とは

原將人・原まおり(映画監督)――クローズアップ

『20世紀ノスタルジア』(広末涼子主演)の原將人監督が、まおり夫人と共同監督で製作した『焼け跡クロニクル』が2月25日に公開される。本作は2018年7月、京都・西陣の監督宅を全焼させた原因不明の火災から始まるドキュメンタリー映画だ。

 出火時、原將人監督は“2階でまたイタチが悪戯してるな”程度に思ったという。

「物音がするんで見にいったんです。そうしたら、“火の子供たち”が手をつないで踊って遊んでいた。いや、そう見えたんです。おやおや、と思って布団で消そうとかぶせたら、それが化繊で燃え上がって。あっという間でした」

 監督は保育園に通う双子の娘と大学生の息子と避難した。そこで映画人として我に返る。

原將人・原まおり監督

「パソコンとハードディスクが焼けたら映画作家としての人生が終わる――それで家に飛び込みました。ところが幾つもの配線が繋がって簡単に持ち出せない。気がつくと黒い煙にのまれつつあった。もう、ケーブルを引きちぎるようにしてパソコンとハードディスクを運び出しました」

 髪は焼け、火傷を負った監督は緊急搬送された。一方、職場から駆けつけたまおりさんは、自宅から上がる黒煙と消防車両の列を前に、スマートフォンを取り出していた。

「目の前の光景が信じられない、でも記録して残ったものならば現実です。それを確かめるための無意識の行動だったかもしれません。ただ、娘にカメラを向けることはどうしてもできませんでした」

 報道としての映像と家族が撮るホームムービー。誰もが幸福の記録者にはなれる。だが、惨事を焼き付けるのは情を交えない他者だからこそできるのだろう。まおりさんはそれでも、その晩から記録者としてスマホを手にしていた。

「着るものも生活道具も、何もかも焼けてしまいました。その、無力となった私たちが生きてこれたのは周りの人の支えと援助があったからです。半袖が厚手の服へ、扇風機から暖房機器へ変わる。日常が、1年という時間をかけて心の傷を覆っていきました」

 家族で寄り添いながらも、火事を振り返ることはなかった。ふと気がついたのは、2年ほど経ったころだろうか。

「少しずつ火事について話せるようになったのですが不思議と5人の記憶が違うんです。補い合ううちに、焼け跡から持ち出したフィルムも使って、乗り越えた記録をまとめようと思うようになりました」

 一つの家族を襲った絶対的不幸。それは一生負うべきものではない。まして次の世代にまで――その思いが、悪夢の記録を手のひらのホームムービーからドキュメンタリー映画へと変えた。原將人監督は一つの視点を意識した。

「近隣の人たち、行政にもずいぶんと助けていただきました。ただ、あえて作品では映さず、家族としてどう生きたかに焦点を絞りました」

 まおりさんはこう言う。

「終戦や災害、多くの人が悲嘆の中から起(た)ち復興に向かった。だから私たちにもできるはずだと。ささやかですが、焼け跡から前へ、生きる力をお伝えできるといいのですが」

はらまさと/1950年東京都出身。作品は『初国知所之天皇』(73)、『20世紀ノスタルジア』(97)、『双子暦記・私小説』(2018)など多数。1999年より京都在住。
 

はらまおり/1973年大分県出身。第1回フランクフルト国際映画祭で観客賞を受賞した『MI・TA・RI!』(02)で原監督に師事し共同製作した。

INFORMATION

映画『焼け跡クロニクル』
https://www.yakeato-movie.com/

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