一方で改修後に名付けられた「桃園川」という名称は、水ではなく水路を指す名前だと言える。流域の市街地化により川が灌漑から排水へと役割を変え、管理の対象が灌漑のための水配分ではなく、排水・治水のための水路保全になったことで、下流の一地名をとった名称で川全体が統一されていったといえよう。
行き着く先は神田川
中野区内の桃園川の暗渠化は杉並区と同時期に実施された。暗渠上のスペースも、杉並と同じく暗渠化後当初は遊具や植栽を整備し遊び場として利用され、のちに緑道に改修されていった。
ただ、緑道化が始まったのが1980年代半ばからと少し早かった。中野区の緑道がやや古びて見えるのはそのせいだろうか。一部の区間には遊具が残っていたが、2019年に撤去されている。
緑道を進んでいくと、中流部に比べその幅は少しずつ広くなっていき、また暗渠沿いには高層の建物が増えていく。橋跡には様々な意匠の欄干が復元され、川跡らしさを増す。山手通り近くには暗渠の水位を示す電光掲示板も立っている。
そこから500mほど進むと、東に向かっていた緑道は北へと大きくカーブし、神田川にかかる末広橋へと行き着く。ここが桃園川の河口、神田川への合流地点だ。末広橋の一つ北側にかかる柏橋から神田川を眺めれば、右側の護岸に合流口が見える。
中央線沿いの街並みに隠れた“それぞれの色”
桃園川の暗渠は暗渠好きに限らず、散歩コースとして比較的知名度が高い。橋跡や路面のペイント、道端のオブジェなど、暗渠そのものを楽しみながら歩けるのもその人気の背景にあろう。
ただ、ここまでご紹介してきたようなエリアごとの違いとその背景を意識しながら辿ってみることで、暗渠の風景はより立体的に、奥行きを持って見えてくる。
水の確保に苦労した農村から、水の排除が必要となった都市への変化に想いを馳せながらの見えない川下りの散歩は、起点の青梅街道から約6.5km、ゆっくり歩いて3時間ほどの歩程となる。ぜひ今度の週末にでもいかがだろうか。
写真=本田創
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