本堂として使われている大部屋で取材に応じた、NPO法人在日カンボジアコミュニティ理事長の楠木立成氏(63)は話す。楠木氏は現在こそ「日本人」だが、プノンペン郊外生まれの元カンボジア人で、往年のポル・ポト政権成立以降の政治混乱を逃れて日本に受け入れられた難民だ。
「でも、仲介した不動産屋に”騙された”のです。買うときに、ホテルを壊して寺を建ててもいいかと尋ねたら『大丈夫』と言われたのに、いざ買ってから(法律・条例の縛りで)建物を変えてはダメと言われまして。本堂を新しく建設できず、それまでの建物がそのままお寺になりました」
ラブホテルは建物の用途が限定されており、建物の改築はできても建て直しは禁じられているなど「縛り」が多々ある。どうやら売買を仲介した不動産業者は、こうした事情をろくに説明せず(すくなくとも、カンボジア側が正確に理解する前に)売りつけたらしい。
元ラブホであることは気にしない。でも残念なのは…
「土地の広さは7900㎡、値段は7000万円くらいだったみたいです。景色もいいし静かだし、自然も豊か。すごく素晴らしい立地なんですが、本堂を建てられないのが残念で……」
楠木氏は寺を大きくできないことをそう嘆く。もっとも、この後に話を聞いた他のカンボジア人たちを含めて、改築問題への不満はあっても、建物が「元ラブホ」であることや、周囲がラブホ街と心霊スポットであることなどについては、まったく懸念を持っていないようだった。
考えてみれば、ある文化圏の人たちが不動産物件のどの要素に心理的瑕疵を覚えるかは、かなりハイコンテクスト(言語化されない暗黙の了解)な要素によって左右される。カンボジアで生まれ育った人にしてみれば、一般的な日本人が嫌がるラブホテルや心霊スポットはあまり問題ではなく、自然の多い山の中の広大な土地のほうに魅力を感じるものらしい。
なお、寺院内の巨大なご本尊や、お釈迦様や仏教説話を描いた巨大な壁画などは、いずれも物件を購入した大富豪がカンボジア本国から持ってきてくれたそうである。
「俺たちはみんな、昔は難民だったんだ」
週末だったこともあり、寺には建物の改装作業をボランティアでおこなう、外国人的な風貌の中高年男性が何人も集まっていた。建築の仕事に就いている人が多いらしく、この手の作業はお手のものだ。そして話す。
「俺たちみんな、昔は難民だったんだ」