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目標は「出続ける」こと

 吉田選手とトレーニングを始めるにあたって、最初に設定した目標はきわめて明快でした。「休まず試合に出続ける」こと。プロは試合に出ないことには始まりません。

 ただ、プロ野球は年に何回かの大会に照準を合わせるハンマー投げとは異なり、シーズン中は毎日のように試合があります。高いパフォーマンスを維持しながら「出続ける」ことのハードルが、かなり高い競技です。吉田選手の場合、腰の怪我を再発させず、年間通して出続けなくてはいけない。

 そのために、私とのトレーニングでは、脊椎をプロテクトする「体幹筋」を重点的に鍛えていきました。そこで取り入れたのが「紙風船トレーニング」です。

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「紙風船は新潟県出雲崎町で100年以上前から作られている伝統工芸なんです」と室伏氏 ©文藝春秋

 この練習方法が閃いたのは、私がアスリートとして壁にぶち当たっていた時期でした。

 アテネ五輪で金メダルを獲得した翌年、30歳のシーズンを1年間休養に充てました。腰部の違和感が理由でしたが、実際は燃え尽き症候群のような状態でした。来る日も来る日も同じ練習を繰り返してきたため極限まで疲労が溜って、心身ともに疲れ果てていたのです。

 そこで、休養中は身体の使い方を徹底的に見直しました。いままでとはまったく異なる身体的アプローチを求めているうちに、重くて硬いハンマーと対極にある、軽くて柔らかい紙風船を使ったトレーニングを思いついたのです。

 これは一般の方の腰痛にも有効ですので、ぜひ試してみてください。

 まずは、胸の前で両掌を合わせ、両腕で押し合ってみて下さい。胸や腕の筋肉が使われていることが分ると思います。

 次に、両掌の間に紙風船を挟み、潰さないように注意しながら同じように力を加えます。今度は、肩甲骨の周囲の筋肉が使われている感覚があると思います。紙風船を「潰さない」という動作が加わることで、両腕を押し合う際に働く主動筋と、拮抗する背面の筋肉が使われ、「体幹筋」全体を満遍なく鍛えることができるのです。

現役中に考案した「紙風船トレーニング」は国際論文にも掲載(スポーツ庁提供)

 この紙風船トレーニングは、私が東京医科歯科大学(来期より東京科学大学)の研究者として国際科学雑誌へ論文を複数投稿し、エビデンスが構築されたものです。

 ハンマー投げでも野球でも、ボールやハンマーをより遠くへ飛ばすためには通常、高重量のバーベルなどを使うウエイトトレーニングが重視されます。でも、やり方を間違えれば脊椎や関節に負担がかかり、筋肉疲労や怪我の恐れがある。その点、紙風船なら重さはありませんから、そのリスクを軽減できます。

 毎日試合がある野球選手は、トレーニング時間を確保するのもひと苦労です。吉田選手はいまでも試合の合間を縫い、シーズンを通して私の提案したメニューを続けてくれているそうです。

 吉田選手には、シーズンオフを中心に、本格的なトレーニングだけでも5回、指導しました。

「紙風船トレーニング」で体幹筋を強化 ©時事通信社

室伏広治氏の「吉田正尚選手の手紙」全文は、「文藝春秋」2023年9月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されています。