1ページ目から読む
3/4ページ目

 僕が2000年代に声優業界で本格的に仕事をするようになって衝撃だったのは、原稿チェックや雑誌やCDジャケットの写真セレクトをマネージャーではなく声優本人がしていたことです。芸能界ではこれらはマネージャーの仕事です。マネージャーはプロなので、それらを即日作業して返すこともよくありますが、声優業界では声優本人がするので一週間待たされることも普通でした。

 また、とある人気女性声優とお仕事をしたとき、所属事務所からその女性声優の電話番号やメールアドレスを伝えられ、「直接やりとりしてください」と言われたことがあるのですが、芸能界のマネジメントに慣れていた僕は「どういうこと?」とびっくりしました。しかもほかの事務所の声優さんでもそうだったので、「そういう業界なんだ」と認識するようになりました。「芸能界とはまったく違うんだ」と。

 これ、要するに《実質》エージェント契約みたいなものなんです。決めごとは基本的に声優が行う。だからなのでしょうか、当時声優はわりと頻繁に事務所を移籍して、とくにそれが業界的に問題があるような気配もさほど感じられませんでした。

ADVERTISEMENT

「事務所が何もしてくれない」と悩む人も

 事務所との契約のことを聞いたら「してない」という人もそこそこいたので、そういう背景もあったのかもしれません。契約書がなくても業務が成立しているというのはお互い信頼関係があるということなので、喜ばしいことではありますが、とある声優から「事務所が何もしてくれない」と相談を受けたことがあり、その旨を所属事務所の担当の方に話したら、事務所が面倒を見る範囲はきちんと線引きされているというお話でした。

 要するに「声」の仕事以外は、事務所は本人に任せて関与しないというスタンスです。事務所の少ない取り分からすればその言い分はわかりますし、至極真っ当と言えます。しかしそれを悩んでいる声優当人に話しても、彼女としては事務所がするべきことはいわゆるマネジメント契約の内容であるという認識。声優本人としては声優以外の仕事でどう振る舞ってよいのか、どう自分の身を守るのかなんてわからないわけです。声優側と事務所側にこうした認識の隔たりがある業界なんだなと痛感しました。

 この問題、両者とも悪いとは言いづらい。理屈では事務所が正しい。でもエンタメとは決して理屈で成立するものではなく、声優のその状態には心を痛めます。そしてここ数年で業界を取り巻く状況は大きく変わっていきました。