このため午前0時に出漁していたのを1時間早めた。そのしわ寄せで睡眠時間が減る。
「生活費は稼げても、借金までは払えない」頭を抱える漁師たち
漁船の建造費が高額なので、だいたいの漁師は借金を抱えている。上浜さんも約2000万円の借金が残っていた。他にも15年前に建てた自宅のローンが約1000万円あり、合わせた借金残高は約3000万円にのぼる。年間150万~200万円ほどの支払いになっていて、これを75歳ぐらいまで続けなければならない計算だった。
それなのに、漁に出られなくなった。
「失業状態だから収入はありません。生活費も稼げないのに、借金の支払いがある。復興関係の土木作業員として採用してもらおうかと考えていますが、当面の生活費は稼げても、借金までは払えないでしょう」と頭を抱えていた。
こうした事態を打開するには、港をどうにかしなければならない。
だが、石川県漁協の福平伸一郎専務理事は「港が隆起するなど、従来は考えられなかった事態です」と話す。確かに東日本大震災では太平洋岸の港の多くが沈下した。海底が上がって港が使えなくなるなどというのは想定外だった。
地盤が沈下した場合、津波で損壊した港湾施設を直して、岸壁を高くするなどの補強をすれば、海が深くなっただけなので漁に出られる。しかし、隆起した場合は港全体が浅くなったり、干上がったりして、使えなくなる。漁業としては隆起の方が深刻かもしれなかった。
手探りで浚渫工事が開始される
船が海底についたままにしておくと、強風が吹き、港内がうねるたびに、船底がガリガリとこすれる。穴が開きかねなかった。漁船の最も下にある舵板とプロペラも傷む。
そうした状態で放置すればするほど漁船の傷みは激しくなり、大規模な修理が必要になる。そのまま出漁したら沖合で海難事故になるかもしれなかった。
このため発災から1カ月半が経過した2月16日、国交省は当面の対応策として輪島港の浚渫(しゅんせつ)を始めた。隆起した海底を掘り、動けなくなった漁船を救い出そうというのである。輪島港は県営の港湾だが、大規模災害の発生時は権限代行で国が工事を行える。
だが、国交省金沢港湾・空港整備事務所の担当者も「前代未聞の工事なので、手探りで進めざるを得ません」と打ち明けるほどの難工事だった。
国はマリコン(マリン・コンストラクター)と呼ばれる海洋土木の建設会社と災害時の協定を結んでおり、五洋建設、東亜建設工業、東洋建設という大手3社のJV(共同企業体)に作業を依頼した。
実際の工事を行っているのは地元輪島市の喜多組だ。
起重機(クレーン)船を使い、二枚貝のように開閉するグラブバケットで海底の土砂などをつかみ取る。漁船が航行できる水深2.5m以上まで掘り進めるのだ。