もっと冒険してアイデアを育てる政策が必要だった
浜田 これはわたくしの反省でもありますが、安倍さんの時代に国民がもっと冒険してアイデアを育て、労働生産性をあげる政策も同時に必要だったんでしょう。各人の得意な点をより伸ばして個性を磨くような教育を普及しなければならなかった。それに、私も2019年の三度目の消費税増税の決断には反対の意見を述べるべきでした。そういった政策の不備もあって、いまも国民に豊かになった感覚がない状態が続いているようなのは残念です。
内田 550万人の新しい雇用というのは歴史的に見ても偉業ですよね。多くの人が働けるようになったことで国全体の生産量や労働生産性も向上し、新卒者の就職の心配も少なくなった。このように日本経済を豊かにしたのは評価されるべきアベノミクスの貢献ではないでしょうか。
浜田 その点を認めないジャーナリズムは間違っています。
内田 日本社会で一人ひとりがそれぞれのユニークな能力を伸ばして冒険ができるような文化が広がることは私も強く願っていますし、先ほど申し上げた通り、私はそれこそが一番長期的に効果のある経済政策なのではないかと思っています。
何が女性の労働を妨げているのか?
内田 ここで、女性の非正規雇用が増えたということについて質問させてください。もちろん雇用はないよりもあった方がいいので、女性の雇用の受け皿が非正規であれ増えたことは良かったということは間違いないでしょう。しかし、日本の女性の労働者の正社員比率が低く、非正規雇用率が高いことは、やはり男性と比較すると考えさせられるところがあります。男性の非正規雇用も同じく増えているものの、正社員における男性比率が圧倒的に高く、この差異は男女間の大きな賃金格差をはじめとする経済的ジェンダーギャップの大きな要因でもあると語られています。
こう考えると、女性の職が増えたことが事実であっても、低賃金で雇われる女性労働者が増えたことは、誰にとっても暮らしやすくなったとは安易に言えないところもあるのではないかと思うのですが、この点はどのようにお考えでしょうか。
浜田 そうですね。現状を見ると本来なら実現されるべき同一労働、同一賃金の姿はかけ離れた形で雇用全体だけ増えたのを喜んでいていいのかが、正しい意味でのアベノミクス批判として残ります。日本女性の貢献度、活躍度を国際的に比較してみても、各先進国に劣るのをどう考えるかというのが、舞さんの指摘でしょう。
ただ、たんなる雇用量の改善、そして女性雇用量の改善も基本的に重要で、その点ではアベノミクスは当時の状況ではよく機能したことは間違いがないのです。とはいえ、理想の労働市場の姿から言えば、日本の労働市場に男女同一賃金、同一能力=同一賃金の原則が成り立つように変えていかねばならないのです。
内田 そのためには具体的にどういった道筋が考えられるのでしょう?
浜田 手始めとして、いまの女性労働の活用を阻害している、税法にある主婦の年収約130万円近くにある共稼ぎの壁を撤廃する必要があります。これはおそらく、女性をなるべき家庭のとどめようという男性本位のイデオロギーに依拠した法制であると思います。つまり、いま共稼ぎの主婦が年106万円、または約130万円を超えて働こうとすると、それ以下で免除されていた社会保障税を支払わなければならなくなっている。これが、非正規労働の女性の一層長く就業しようとする意欲を妨げています。
したがって、この壁がなかったならば、アベノミクスの女性労働増加はもっと顕著であったと考えられるのです。またこの制度の下では、雇用者も、賃金を増やすと税金も増えますよという形で、女性労働者を安く使うインセンティブが生まれるのです。世界的に見ても、日本で職場での女性の活躍度が低いのはこのような制度的条件、税法上のハンディが女性にはあるからです。