「女性の働き方」の問題は男性の問題でもある
内田 私がハーバードの研修医だった頃、指導医から「研修医として果たすべき責任は全員同じで、そして休む権利も同じようにある」と言われたことを思い出します。男性でも女性でも同じ責任を果たす機会が与えられ、果たした責任が同じであれば、同じ給与と待遇を得られるべきでしょう。
また、責任という点で、日本では女性が家事育児を担う時間が男性の5.5倍であるという調査が発表されました。家事育児という誰かがやらなければならない無償労働の責任と評価に不均衡があることも含めて、ジェンダー不平等問題は法や政策を使ったアプローチと同時に、教育や啓発による意識のアップデートも国全体で必要な状況だと感じます。
浜田さんがいい学歴さえあれば会社にずっと勤めていられる日本の労働システムの問題点を挙げられましたが、学歴一つとっても、女の子は男の子に比べて進学を期待されない無意識のバイアスがあったり、あるいは近年露呈したように、医学部入試では男性と同じ点数を取っても女性が入学できないような仕組みも暗黙裡に残されています。あるいは就職してからも、男女に寄せられる期待度には依然として開きがあり、同じ企業の中で学歴も実力も同等かそれ以上であっても、男性に比べて昇進がまわってこないような構造的差別のなかで女性たちは生きています。
また、こういった労働に関わるイシューは「女性の働き方の問題」として扱われがちですが、女性が働きにくい労働環境というのは実は男性をも苦しめているものだと思います。例えば、医学部入試の女性差別問題が発覚した際に、多くの医師が「出産する女性医師が欠けることで病棟は破綻するから、なるべく女性を医師にさせない施策は必要だ」と語りました。
こういった意見を聞いて、私は女性差別は他の問題、具体的には長時間労働の隠れ蓑にされていると思いました。病気や怪我は誰に起こるかわからないし、あるいは休暇は誰でも必要なのに、一人でも欠けたら破綻するほど過酷な職場での長時間労働が当たり前とされていること自体がそもそも問題だと思います。そしてその前提が男性には自明のこととされていていることもまた問題だと思ったのです。医師の過労死や自死率は男女ともに他の職種よりも高いことも考えると、ジェンダーに目が行きがちな話題ですが、同時に根幹にはもっと根深い問題も潜んでいるのですよね。
税制のことも、雇用のことも、全て個人の生活や社会のあり方にまで直接影響することであり、あらゆる角度からのアプローチが必要なのかと思います。
浜田 そうですね。そのためにも、まずは雇用を増やし、次にその雇用の条件や内容を吟味する、などと手を付けられる問題を一つずつこなしていくことが大切ですね。このようにどうしたら国民を豊かにしたらよいかに頭を使っていると、自分がうつ病であるということを忘れてしまうわけですね。
内田舞(うちだ・まい)小児精神科医、ハーバード大学医学部准教授、マサチューセッツ総合病院小児うつ病センター長、3児の母。2007年北海道大学医学部卒、2011年イェール大学精神科研修終了、2013年ハーバード大学・マサチューセッツ総合病院小児精神科研修修了。著書に『ソーシャルジャスティス 小児精神科医、社会を診る』(文春新書)、『REAPPRAISAL 最先端脳科学が導く不安や恐怖を和らげる方法』(実業之日本社)、『まいにちメンタル危機の処方箋』(大和書房)。
浜田宏一(はまだ・こういち)1936年生まれ。元内閣官房参与、イェ―ル大学タンテックス名誉教授、東京大学名誉教授。専攻は国際金融論、ゲーム理論。アベノミクスのブレーンとして知られる。主な著作に『経済成長と国際資本移動』、『金融政策と銀行行動』(岩田一政との共著、エコノミスト賞、ともに東洋経済新報社)、『エール大学の書斎から』(NTT出版)、『アメリカは日本経済の復活を知っている』(講談社)ほか。