睡眠薬の常識を変えた薬
現在、医療機関で処方される睡眠薬の種類は、大きく分けて4つあります。身体に元々備わっている働きを促すのが「作動薬」、反対に働きを抑えたりブロックしたりするのが「拮抗薬」や「阻害薬」です。
まずは、新しいタイプの画期的な薬から紹介しましょう。
(1) オレキシン受容体拮抗薬
現在、最もお勧めできる薬です。オレキシンは覚醒状態を維持する神経伝達物質で、1990年代末に脳の中の食欲を司る部分で発見されましたが、その後、睡眠に深く関わる物質だと判明しました。昼間に突然寝てしまうナルコレプシーという病気の典型例では、オレキシンがまったく働いていません。満腹になると眠くなる理由の一つも、オレキシンの活動が鈍るため、と言われています。
このオレキシンと受容体が結びつくのをブロックして、脳を覚醒状態から睡眠状態にするのが、オレキシン受容体拮抗薬です。寝付きやすくする作用と眠り続ける効果の両方に優れています。このタイプの薬の出現で、睡眠薬治療の常識がガラッと変わりました。
この薬の特長は、副作用が少ないことです。転倒したり、せん妄(意識の混乱)などの副作用がほぼなく、飲むのをやめても、身体が落ち着かない、イライラする、動悸、頭痛、めまいといった離脱症状が出ないので、依存性も非常に低い。
後で紹介する従来の「GABAA受容体作動薬」を長期間飲み続けて急にやめると、「反跳性不眠」といって、前よりも酷い不眠になる場合があります。超短時間で効くタイプの薬だと、次の日に一睡もできないことさえあります。オレキシン受容体拮抗薬だと、そうした離脱症状が出ません。
安全性が高いので、メインの睡眠薬になっていくと思われます。ただし、従来の薬に比べると少ないのですが、翌日の眠気や頭痛、まれに悪夢を見る、脱力する、といった副作用がまったくないわけではありません。
現在、2種類が使われています。スボレキサント(製品名・ベルソムラ。以下、カッコ内は製品名)は2014年に、世界初のオレキシン受容体拮抗薬として日本で発売されました。2020年に登場したレンボレキサント(デエビゴ)も、眠りに入る効果、眠りを維持する効果、ともに優秀です。安全性が高いので、専門外の医師でも処方しやすい薬と言えます。
◆
本記事の全文(7,000字)は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(松井健太郎「睡眠薬は劇的に変わった」)。
「文藝春秋 電子版」に掲載中の特集「睡眠は最高のアンチエイジング」シリーズには、下記の記事も掲載されています。
・7時間睡眠を取り戻す12のメソッド 柳沢正史(筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構機構長)
・カラダは睡眠中に修復される 西多昌規(早稲田大学睡眠研究所所長)
・世界的睡眠研究者の熟睡法 上田泰己(東京大学大学院医学系研究科教授)
・睡眠薬は劇的に変わった 松井健太郎(国立精神・神経医療研究センター病院睡眠障害センター長)
〈私の「不眠」解消法〉
・石原良純 父を亡くして急に眠れるようになった
・草笛光子 昼間に疲れておくこと、ウトウトは禁物
・由美かおる お風呂のあとは何もしないで寝る
・伊藤俊幸 潜水艦の狭いベッドは妙に落ち着く
・畠山智之 選挙特番の重圧を乗り越えた2つの工夫
・中村親方 地方場所の必需品は高反発マットレスと…
・鈴木明子 不眠はフィギュアの演技に直結した
【文藝春秋 目次】芥川賞発表 受賞作二作全文掲載 朝比奈秋「サンショウウオの四十九日」 松永K三蔵「バリ山行」/神田前財務官「日本はまだ闘える」/睡眠は最高のアンチエイジングⅡ
2024年9月号
2024年8月9日 発売
1580円(税込)