「孫が、自転車で下校中にヒグマに遭遇して…」
「数年前、小学校高学年だった孫が、自転車で下校中にヒグマに遭遇した。慌てて逃げ出すとヒグマを刺激して危険だと教わっていた孫は、ゆっくりと引き返して近所の家に逃げ込み、『家に送って下さい』とお願いして無事帰宅した。なんとか事なきを得たが、危ないところだった。自分は農家で、この土地を離れることもできない。警察も自衛隊も銃を持っているのにハンターに駆除をさせて、しかもその銃を取り上げるとは何ごとか。判決では『関係者3名を危険にさらした』と言っているそうだが、住民の安全より警察官の安全が大切、ということなのか」
また、今回の駆除で、最も銃弾が到達する可能性が高かったとされる、斜面後方の家の住民にも当時の状況を聞いた。
「発砲の瞬間、警察官に『家の中に入れ』と言われて避難していたので、特に危険は感じていなかった。小さくてもクマはクマ。家のすぐそばに出て、何をするか分からずとても不安だった。池上さんに撃ってもらって本当に良かった」
75歳になる池上氏はハンターとして30年以上のキャリアを持ち、鳥獣保護の活動もしてきた。狩猟でヒグマを獲ることはなく、駆除であっても子グマを撃つことには特に抵抗を感じると言う。実際に去年は、衰弱した子グマを駆除せずに保護し、旭山動物園に預けている。「スナスケ」と名付けられたそのヒグマは、今や動物園の人気者だ。
「ヒグマの痕跡をきちんと読めるのはハンターだけ」
駆除当日、立ち上がった子グマを目の当たりにした瞬間、池上氏の心中は複雑だった。体重7.5キロの小さな体。
「なんでこんなところに出てきてしまったんだ、かわいそうに」
それでも地域住民の安全のために、「すまない、ごめんな」と念じながら、引き金を引いたと言う。
池上氏は、今も毎日、日の出と共にヒグマのパトロールで車を走らせる。巡回は、ヒグマの冬眠期以外、4月から12月まで行われる。池上氏はその結果を、地域住民、自治体、メディアなどに日々送信している。なぜ銃を取り上げられてもなお、そうした活動を続けているのか。
「やっぱり警察には、ヒグマの行動は分からないからね。ヒグマの痕跡をきちんと読めるのはハンターだけ。銃はなくても、住民に注意喚起することはできるから」
池上氏に発砲現場を見せてもらった当日、詳細に状況を確認するのに午前中一杯を要した。12時半、時計を見た池上氏は「おっと。13時から、昨日交通事故にあったエゾシカの解体を手伝うんだよね」と言うなり慌てて車に乗り込み、昼食も取らずに走り去って行った。