1989(平成元)年開店の日本料理店「分(わけ)とく山」は長嶋の行きつけとして知られた。開店以来、カウンター越しに親交を深めた野﨑洋光氏(72)は2004年、長嶋たっての希望でアテネ五輪野球日本代表チームの専属料理長を務めた。
親しくして頂いたといっても、あくまでお客さまと料理人。その一線は守って来たつもりでいます。
いちばん記憶に残っているのは、なんといっても、長嶋さんが監督を務めるはずだったアテネ五輪。「アテネでも選手たちにおいしい和食を食べさせたい」との思いから、任せて下さったようです。前の年、長嶋さんが現地視察に行かれた際に、うっかり私の名前を出されたようで、その日の夜11時にスポーツ報知の記者が店に飛んできて、翌朝、「専属料理長にカリスマ料理人・野﨑氏を1位指名」なんて書かれたものだから、面食らってしまいました。

正直いうと、お店の営業もありましたので、若い衆だけアテネに派遣するつもりでいました。元高校球児も何人かおりましたから、彼らに自信をつけさせたいと思っていた。だけど、長嶋さんに「野﨑さんも来てくれるでしょう?」と言われて後に引けなくなりました。
ところが3月4日、長嶋さんが脳梗塞で倒れてしまいます。数カ月に及ぶ必死のリハビリもむなしく、アテネ行きを断念された。最後まで諦めなかった強い意志と無念を感じ、自分も長嶋さんの思いを背負ってアテネへ行こうと決意しました。
板前ごときが、と言えば語弊もありますが、オリンピックに行けるのは大変光栄なこと。板前冥利に尽きる出来事でした。金メダル獲得を目指した長嶋ジャパンは準決勝でオーストラリアに敗れ、結果は銅メダル。日本ではずいぶん批判もされたようですが、現地でのチームワークは最高だったと思います。私は毎日、感動しながら過ごしました。
試合後には必ず、一茂さんを通じて長嶋さんから直筆のFAXが届きました。準決勝で敗れた時も、「気にするな、君たちは一生懸命頑張ったんだから」と、選手たちを激励していました。
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