言いたいことは大抵、映画の中に忍ばせて来た。2007年公開の『恋するマドリ』では、「排気ガスもニッコリ、青空もニッコリ、ニッコリがいいね」と、怯えを封じる願いのようなセリフを書いた。初の商業映画に臨むにあたり、不安で仕方なかったあの頃、心の底から現れた嘆願であったが、子供の頃から周囲の人間に笑っていてほしいと願う気持ちは強かった。そうでもないと人間って怖いから。
それから10年。2017年公開の『勝手にふるえてろ』では、主人公ヨシカが独白でSNSを腐し、「こーゆー個人的な話、普通はSNSでするんですってね。私、無理。世の中の役に1ミリも立たない私ごとをわざわざ世界にご披露する勇気なんてないわ。勇気というかまあむしろ、恥くらいに思ってるかも」とのたまっている。10年で一体何が?と心配されかねないほど攻撃的。10年。色々あった。映画を作り続ける(あるいは作り続けられない)中で、辛酸は舐めまくった。この世の中、どんな仕事も楽ではない、そもそも楽な仕事などない、と自分に言い聞かせていたが、いや、楽そうな奴らもいる、うまいことやってる奴らを喜ばす映画は作ってたまるか……と、日々思っている中で書いたセリフであった。

コロナ禍の2020年に公開された『私をくいとめて』では「悲しいね。みんな悲しいんだよ。みんな頭の中で悲しい話ばっかりしてるんだよ」というセリフを書き、不安を静かに受け止めて時の癒しを待っていた。実は「悲しいね」というセリフは今年公開の最新作『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』でも書いている。抗えない悲しみを吐露する主人公に対し、「頑張って」でもなければ「そんなこと言わないの」でもない、静かに寄り添うセリフとして書いた。
『私をくいとめて』ではもう一つ、強いセリフを書いている。
「やめなさいよ」
セクハラされる女性を目にした主人公が叫ぶ言葉として書いたものだが、実際には主人公は脳内で叫んだに過ぎない。セクハラされた女性はやんわりと笑みをたたえ、被害者であるにも拘らずまるで悪いことでもしたかのように頭を下げ去ってゆく。主人公は脳内の叫びを発語出来なかったことで打ちのめされ、トラウマを思い起こし慟哭する。「こんなことでここまで騒ぐか」と思う人もいるであろう。その一方、「こんなことで打ちのめされてしまうほど傷つけられて来た女性が相当数いる」と感じてくれた方もいた、と信じたい。
映画と現実は互いにフィードバックしあうものだと信じている。作り手である私が出来ることは、現実世界よりちょっとだけ明るい未来をどんどん映画に忍ばせて行くことだとここ数年で思うに至った。ガザの現状はここに至る経緯があることは重々承知してはいても日々行われているのはジェノサイドであり到底許されるものではない。ウクライナ、イラン、世界中で戦闘のない日など1日もない。『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』の主人公は、日々そうしたニュースを見聞きして「嫌だ」という感覚だけは持ち合わせている。友とも喧嘩をし孤独な日々を送っていたある日、喫茶店の老マスターがガザの報を告げるラジオニュースに「いけないね」と嘆き呟くのを耳にする。主人公はその後、友と仲直りし、次期戦闘機輸出解禁反対のデモに遭遇、「俺も歩きたい」と口にする。友も「俺も」と言い、2人は『ストップジェノサイド』の看板を渡され、デモの最後尾に合流して歩き出す。ラブストーリーを見ていたはずがなんだこのシーンは、と思う人もいる一方、何かを感じてくれる方もいる、と信じたい。私が忍ばせたそのセリフは、ショットは、シーンは、人の心に焼きつき育つ『映画』という媒体の形をとっているのだから。信じよう。
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