肺炎は死亡数96,841人で5位、誤嚥性肺炎は35,788人で7位。「2つの肺炎」の死亡数を合計すると13万人を超える。どうやって防ぐか?(取材・構成=長田昭二)
約7割が自覚症状に乏しい
厚生労働省が発表した2017年の人口動態統計で明らかになったある変化が、医学界で話題になりました。11年の統計以降、日本人の死因は首位のがん、2位の心疾患に次ぐ第3位は「肺炎」でした。ところが、17年の統計では、1位と2位は変わらないものの、3位にはかつて「三大死因」の常連だった脳血管疾患が返り咲き、肺炎は、4位の老衰より下の5位に転落したのです。
ただ、これには“からくり”があります。厚労省は17年から、前年まで「肺炎」と一括りにしていたのを、「肺炎」と「誤嚥性肺炎」に分けたのです。肺炎は死亡数96,841人で5位、新たに設定された誤嚥性肺炎は35,788人で7位でしたが、「2つの肺炎」の死亡数を合計すると13万人を超え、3位の脳血管疾患の109,880人より約2万3,000人も多い。決して肺炎による死亡は減っていません。
そもそも、死因としての肺炎と誤嚥性肺炎の区別は簡単ではありません。よほど特徴的な誤嚥の所見でもなければ、死亡診断書には単に「肺炎」とだけ書く医師も少なくないはずです。実際には誤嚥性肺炎で亡くなった人が、「老衰」とされているケースも少なくないでしょう。死因が「肺炎」や「老衰」とされたケースの大半は、じつは誤嚥性肺炎で亡くなっている、というのが、私たち呼吸器内科医の実感なのです。
誤嚥性肺炎には、大きく2つのタイプがあります。食べたり飲んだりしたものが本来行くべき食道ではなく、誤って気管支に入り込むことで起きる「顕性誤嚥」。当人にその意識がないうちに、いつの間にか唾液や胃酸が気管支に流れ込む「不顕性誤嚥」。じつは誤嚥性肺炎の大半は、後者の不顕性誤嚥による肺炎です。
顕性誤嚥は時々経験することがあると思います。食事の時にむせて咳込むあの現象です。特に高齢者になるとのどの筋力が低下するので、この現象が起きやすくなります。若い人ならたとえむせても、咳をすることで気管支に入り込んだ異物を排除できますが、高齢者になるほど「力強い咳」ができなくなり、そのまま肺炎に至ることがあるのです。
一方、誤嚥性肺炎の原因の約7割を占める不顕性誤嚥は、自覚症状に乏しい疾患。多くは睡眠中や横になっている時に、唾液や胃酸が気管支に流れ込むことで肺や気管支に炎症を起こします。このタイプの誤嚥は、のどの筋力低下はあまり関係ありません。それより原因として重要視されるのは「動脈硬化」です。
「ラクナ梗塞」という疾患名を聞いたことがあるでしょうか。脳の細い血管にできる微小な血栓で、一般的に言われる脳梗塞のようにすぐに命に関わる病気ではありません。高齢の日本人に多く見られ、脳梗塞全体のおよそ3分の1をラクナ梗塞が占めると見られています。
そんなラクナ梗塞が、じつは不顕性誤嚥と大きな関係があるのです。脳の細い血管の詰まりが、なぜのどや肺の異常を引き起こすのか。
まず、ラクナ梗塞ができると、「ドパミン」という神経伝達物質の産生が抑制されます。このドパミンが減ると、今度は「サブスタンスP」という神経ペプチドが減少し始めます。サブスタンスPは、のどの機能に影響する働きを担っているので、これが減ると、のどの動きが正常を保てなくなり、当人が気付かぬうちに誤嚥を引き起こしていくのです。
ラクナ梗塞の原因はいくつかあります。糖尿病や喫煙などが挙げられますが、脳梗塞の一種である以上、最大のリスクは動脈硬化、すなわち高血圧です。血圧が高い人は、一度脳ドックなどで脳の血管を診てもらい、もしラクナ梗塞が見つかったら、積極的に誤嚥性肺炎の予防に取り組むことをお勧めします。
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ここで、日常生活で取り入れたい不顕性誤嚥対策を紹介しましょう。
■寝る1時間半前から食事は控える
食べたり飲んだりしたものが胃を通過して小腸へと流れるまでに、最低でも1時間半はかかります。その間に就寝すると、胃の内容物や胃酸の食道への逆流を招き、その胃酸の一部が気管支に入ることで誤嚥性肺炎を引き起こすのです。就寝時刻が決まっている人は、逆算して1時間半以内は飲食をしない、逆に飲食したら1時間半は横にならないように心がけて下さい。
■横になる時は「左向き」で
とはいえ、満腹になって、ついソファなどで横になることはあるものです。そんな時は、せめて「左向き」で寝るようにしましょう。
胃は自分から見て左側にあります。食道と胃の接点を「噴門部」と言いますが、体の中心を走る食道に対して、噴門部は自分から見て右側に向いている。そのため、右向きで横になると、胃の内容物が食道に逆流しやすくなるのです。
あくまで食後1時間半は横にならないのが原則です。でも、どうしても横になるなら左向き――ということ。そして、本格的に就寝する時も、できれば最初は左向きで寝るといいでしょう。ただ、人間は眠りに入ると自然に寝返りを打ちます。寝返りは褥瘡を予防する上で非常に重要な動きなので、これを抑止するのは危険です。せめて眠りの導入部だけは左向きで始めて、あとは自然の成り行きに任せて構いません。
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source : 文藝春秋 2019年12月号