種田山頭火 無にはなれるが空にはなれず

ライフ アート

家を捨て酒肴を愛し、全国を放浪し続けた自由律俳人、種田山頭火(たねださんとうか)(1882―1940)。その魅力と功績とは? 俳句界の大御所、御年93歳の金子兜太(かねことうた)氏が語る。(初出:文藝春秋2013年1月号) 

 山頭火が昭和15年に死んで、もう72年。今なおその人気が衰えることはありません。

 かれが放浪した行動範囲の大きさ。そしてこころの脆(もろ)さをなんとか食い止めようと足掻(あが)く、その振幅の激しさ。この男の中にある2つのダイナミズムが、今も人を惹きつけるのだと私は思います。内面にいろいろ複雑なものを抱えながら、音をたてて、のべつまくなし歩き回ったという印象ですな。

種田山頭火 出典:国立国会図書館「近代日本人の肖像」

 かれの生み出す自由律の句が、しだいに歩くリズムに合っていく。そのなかで山頭火は、五七五の定型のなかに立て籠っている人にはとてもできないような世界を築き上げたのです。俗世間を捨て、徹底した放浪者とならなければ、それはなし得なかったことでしょう。

「鉄鉢(てっぱつ)の中へも霰(あられ)」

 山頭火の句のなかで、私がいちばん好きな句はこれ。昭和7年1月の作です。門付の軒先に立って経を唱えた時、思いがけなく鉄の鉢に霰が当たる。

 世界に響き渡るようなカチッという音が、煩悩具足の放浪者、山頭火のこころに聞こえてくる。山頭火が追い求めた「空(くう)」への手がかりが掴めた瞬間です。しかし数歩歩くとまた、ただの「無」に戻ることもわかっている。山頭火の感性の鋭敏さを伝えています。

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source : 文藝春秋 2013年1月号

genre : ライフ アート