ベニシオ・デル・トロ(ベニチオと記さず、ベニシオと記す。日本流の表記を改め、本来の発音に近づけたい)の活躍が続く。2025年だけでも、『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』と『ワン・バトル・アフター・アナザー』という2本の傑作で重要な役を演じている。
前者の監督はウェス・アンダーソン。後者の監督はポール・トーマス・アンダーソン。21世紀アメリカ映画を牽引するふたりのアンダーソンが、そろってデル・トロを大役に起用した。偶然ではない。大器が円熟の季節を迎えていると言うほうが適切だろう。
ウェス・アンダーソンとは『フレンチ・ディスパッチ』(2021。副題は長いので省略する)以来の協働だ。あのときのデル・トロは、刑務所の独房で特異な画才を発揮する囚人の役を演じていた。看守に扮するレア・セドゥとの化学反応が絶妙で、奇人同士の交情が楽しかった。
新作『フェニキア計画』のデル・トロは、謎の大富豪ザ・ザ・コルダに扮している。コルダが夢想するのは、幻の都市国家フェニキアが栄えた地域のインフラ整備だ。時代は1950年代初頭。東西冷戦のさなかで、怪人コルダは世界中の大国から敵視されている。危機をくぐり抜け、彼は計画を進める。その冒険が、奔放な美学で描かれる。体力と想像力が強く、不敵なユーモアをたたえた主人公に、彼はぴったりだった。

デル・トロは、1967年、プエルトリコのサンフアン郊外に生まれている。9歳で母を失い、数年後、ペンシルヴェニア州に移住した。スペイン語と英語の完璧なバイリンガルで、芝居の基礎はステラ・アドラーに学んだ。
面白い顔の新人が出てきたなと思ったのは、ショーン・ペン監督の『インディアン・ランナー』(1991)を見たときだが、最初に驚かされたのは、『ユージュアル・サスペクツ』(1995)で札つき犯罪者のフェンスターに扮したときだ。黒のスーツに赤いシャツを合わせて胸を大きくはだけ、口を開けずにもごもごと喋りつづける。なにを言っているのか聞き取れない捜査官(観客も同様だ)が「英語で喋れ」と苛立つのも無理はない。
しかも、薬物の影響か、動きが不規則だ。よろよろと歩いているかと思うと、突然びくりと痙攣する。つかみどころがないというより、大きくイレギュラー・バウンドする打球がしばしば眼の前に転がってくる感じだ。
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