「円熟期を迎えた大器」ベニシオ・デル・トロ

第233回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 映画

 ベニシオ・デル・トロ(ベニチオと記さず、ベニシオと記す。日本流の表記を改め、本来の発音に近づけたい)の活躍が続く。2025年だけでも、『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』と『ワン・バトル・アフター・アナザー』という2本の傑作で重要な役を演じている。

 前者の監督はウェス・アンダーソン。後者の監督はポール・トーマス・アンダーソン。21世紀アメリカ映画を牽引するふたりのアンダーソンが、そろってデル・トロを大役に起用した。偶然ではない。大器が円熟の季節を迎えていると言うほうが適切だろう。

 ウェス・アンダーソンとは『フレンチ・ディスパッチ』(2021。副題は長いので省略する)以来の協働だ。あのときのデル・トロは、刑務所の独房で特異な画才を発揮する囚人の役を演じていた。看守に扮するレア・セドゥとの化学反応が絶妙で、奇人同士の交情が楽しかった。

 新作『フェニキア計画』のデル・トロは、謎の大富豪ザ・ザ・コルダに扮している。コルダが夢想するのは、幻の都市国家フェニキアが栄えた地域のインフラ整備だ。時代は1950年代初頭。東西冷戦のさなかで、怪人コルダは世界中の大国から敵視されている。危機をくぐり抜け、彼は計画を進める。その冒険が、奔放な美学で描かれる。体力と想像力が強く、不敵なユーモアをたたえた主人公に、彼はぴったりだった。

ベニシオ・デル・トロ 写真:Matt Sayles/Invision/AP/アフロ

 デル・トロは、1967年、プエルトリコのサンフアン郊外に生まれている。9歳で母を失い、数年後、ペンシルヴェニア州に移住した。スペイン語と英語の完璧なバイリンガルで、芝居の基礎はステラ・アドラーに学んだ。

 面白い顔の新人が出てきたなと思ったのは、ショーン・ペン監督の『インディアン・ランナー』(1991)を見たときだが、最初に驚かされたのは、『ユージュアル・サスペクツ』(1995)で札つき犯罪者のフェンスターに扮したときだ。黒のスーツに赤いシャツを合わせて胸を大きくはだけ、口を開けずにもごもごと喋りつづける。なにを言っているのか聞き取れない捜査官(観客も同様だ)が「英語で喋れ」と苛立つのも無理はない。

 しかも、薬物の影響か、動きが不規則だ。よろよろと歩いているかと思うと、突然びくりと痙攣する。つかみどころがないというより、大きくイレギュラー・バウンドする打球がしばしば眼の前に転がってくる感じだ。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

初回登録は初月300円・1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

18,000円一括払い・1年更新

1,500円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事が読み放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年7,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 塩野七生・藤原正彦…「名物連載」も一気に読める
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2025年11月号

genre : エンタメ 映画