「肝が太くて明るくて」淡島千景

第234回

芝山 幹郎 評論家・翻訳家
エンタメ 映画

《ヘップバーンとコルベールの間に君の道がある》――淡島千景が『てんやわんや』(1950)で映画デビューしたとき、原作者の獅子文六は、新人の彼女にこんな色紙を贈ったそうだ。

 いうまでもないが、ヘップバーンとはキャサリン・ヘプバーンを指す。コルベールとはクローデット・コルベールのこと。ふたりともチャーミングなハリウッド女優だ。いわゆる絶世の美女ではないかもしれないが、頭がよくて動きが速く、周囲を明るくする愛嬌と、冗談が通じる風通しのよさを兼ね備えている。

 なるほど、淡島千景ならその資格がありそうだ。高嶺の花とか妖艶とかいった形容は当てはまらないだろうが、さっぱりと割り切った明るいしっかり者を演じさせると、この人は戦後日本映画のトップランナーだった。

淡島千景 Ⓒ文藝春秋

『てんやわんや』で彼女が演じたのは、花輪兵子という社長秘書だ。アプレ世代のモダンガールというべきか、会社の屋上で水着姿になって日光浴をしたり、社長(志村喬)の私的な旅行に同行したりする一方で、先輩社員の犬丸(佐野周二)にモーションをかけることもある。

 ただし、エロティシズムは淡白だ。剽軽でドライな側面がダイレクトに出すぎていて、のちに顕著になる芯の強い側面やミステリアスな体質も、まだ十分に開発されていない。京マチ子の出演を望んでいた獅子文六が、淡島の存在感に満足できなかったのも無理からぬところだろう。それでも、ふたりの縁は切れない。淡島は、『自由学校』(1951)、『やっさもっさ』(1953)、『大番』(1957)など、獅子文六原作の映画に、その後も多く出ている。

 淡島千景は、1924年、東京の日本橋に生まれ、39年、宝塚音楽学校に入学した。映画界への進出は50年。宝塚歌劇団を退団して、松竹に入社する。

 私が初めて劇場で見た淡島千景の映画は、『黄色いからす』(1957)だった。筋書きはほとんど忘れたが、ひとりでに動き出した乳母車が坂道を転げていく場面で、思わず大声を出してしまったことはよく覚えている。映画館へ連れて行ってくれた祖母は、なんともきまりの悪い思いをした、と後年こぼしていた。

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source : 文藝春秋 2025年12月号

genre : エンタメ 映画