サリー・ルーニー著 北田絵里子訳「インテルメッツォ」

角田 光代 作家
エンタメ 読書

いとおしい人生の断片

 この作家の書く人たちとその関係性は、デビュー作から一貫して、ある意味ステレオタイプというか、けっしてあたらしくない。不倫関係だったり、格差のある男女間の恋愛だったりは、小説でも映画でも、飽きるほど描かれてきている。それでもこの作家が書く小説は非常に新鮮で、登場人物にいっさい共感を覚えないとしても、読み手の私の内部に入りこんで心を揺さぶる。

サリー・ルーニー著 北田絵里子訳『インテルメッツォ』(早川書房)3740円(税込)

 本作に登場するのは、32歳の弁護士と22歳のチェスプレーヤーという兄弟である。兄のピーターは社交的で友だちも多く、23歳の魅力的な大学生と援助交際めいたつきあいをしているが、元恋人を忘れられず、プラトニックな友だちづきあいを続けている。弟のアイヴァンは天才的チェスプレーヤーだが、人づきあいが苦手でおくてな若者で、地方の町で行われたチェスイベントで、36歳のマーガレットに会い、心惹かれる。

 マーガレットは問題を抱えた夫と別居しているが、いまだ離婚は成立していない。そうしてこの3人とも、自身の家族とのあいだにそれぞれ葛藤を抱えている。

 こうしてメインキャラクターを列挙しただけで、「あるある」だらけだし、どこか古風にも感じられる。でも読んでいると、その「あるある」がほどけて、各キャラクターが生き生きと立ち上がってくる。つまり私の生きている現実がすでに「あるある」なのであり、この小説の人々は、まさにその現実で隣を歩いているような、個別のだれかなのである。

 社交的なピーターの心に巣くう孤独感、虚無感、破滅願望。アイヴァンの聡明さ、慧眼、喪失感、彼がいつも感じる世間とのズレ。次第にどちらも自分ごとのように体感できるようになってくるのは、まさにこの作家の筆の力によるところだろう。共感できないのに、彼らの心の動きも、2人のうまくいかなさも、わかりすぎるくらいわかってしまう。

 彼らの目を通して見る世界は、残酷で、混沌としていて、よそよそしく、ときどき、驚くほどうつくしい。その、ときどきあらわれる光景の、時間の、関係のうつくしさに、私は陶然と立ち尽くす思いだった。

 恋愛小説でもあるし、家族小説でもある。さらには、生きるとは何かを問う小説だ。父の葬儀のあとから小説ははじまるが、長く闘病に苦しんで息を引き取ったこの父の不在が、兄弟と、その恋人たちの、臆病で不器用で、すぐに間違えて、でもときに勇敢になる、いとおしい人生の断片に、光を投げかけているように思えてくる。困難でも、つらくとも、迷っても、間違えても、それでもやはり生きることはうつくしい。最終章で、父の不在は読み手にもそうささやくかのようだ。

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source : 文藝春秋 2025年12月号

genre : エンタメ 読書