気鋭のSF作家が放つ、満洲を舞台にした600ページ超えの歴史小説が話題沸騰中だ。小川さんは、東京大学大学院博士課程在学中の2015年、『ユートロニカのこちら側』でハヤカワSFコンテスト大賞を受賞しデビュー。17年の『ゲームの王国』では日本SF大賞、山本周五郎賞を受賞、19年には『嘘と正典』が直木賞候補に選ばれた。
「今回テーマにしたのは、戦前、実際に存在した〈大同都邑計画〉。オリンピック代々木競技場や駒沢公園の設計で知られる著名な建築家・高山英華も加わって、満洲に大同という都市を一から作る計画があったんです。ロマンがありますし、単純にもっと知りたいという気持ちがありました」
中国・奉天の東にある架空の都市、〈李家鎮(リージヤジエン)〉。本作は、日露戦争前夜から第二次世界大戦までの半世紀にわたる、この魔性の土地に引き寄せられた人々の物語だ。「虹色の都市」を夢想する細川、測量士として満洲を訪れたロシア人神父のクラスニコフ、日本人に故郷を奪われた丞琳(チヨンリン)……。多くの登場人物の視点を通して、都市の変遷が描かれていく。
「この本では『なぜ過去の人たちは戦争をしたのか』という問いを僕なりに考えました。例えば、日本がアメリカに戦争を仕掛けて負けたのは、日本人が馬鹿だったから、という簡単な話ではない。当時の人々が何を信じていて、何を達成したかったのか。こんな風に、現代とは全く違った環境で生きる人間の考え方や価値観を想像するという意味では、SFと歴史小説はすごく似ています」
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読書好きの両親のもとで育った小川さんは、筒井康隆作品をきっかけにSFにのめり込んだという。大学院時代は、数学者アラン・チューリングを研究した。
「もともと、数学基礎論という分野が好きでした。これは、簡単に言うと数学が前提にしている公理の正しさを数学的に証明しようとするプロジェクトのこと。僕は、AかBのどちらが正しいかとか、戦争は善か悪かといった二択を立てるのではなくて、その一歩手前の問題を考える癖があるんです」
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source : 文藝春秋 2022年9月号