孫正義の「あれもこれも欲しい」は止まらない 。孫は、躁状態の時に厄介な会社を買いまくり、再建に膨大なエネルギーを注いだ後、しばらくうつ状態で大人しくなる。躁鬱を繰り返す行動パターンはダイエー創業者の中内㓛とよく似ている。
「いつアマゾンを抜くんだ。いつ楽天を抜くんだ」
ソフトバンクグループ(SBG)が創業以来の大赤字を発表した12日後、華々しく脚光を浴びたヤフーとLINEの経営統合の記者会見の場に孫正義の姿はなかった。
ヤフー川邊氏とLINE出澤氏
ヤフーの親会社は携帯電話大手のソフトバンク。その親会社がSBG。3社とも上場会社である。親会社と子会社の利益が相反した時に子会社の少数株主の利益が侵害される恐れから「親子上場」には批判がある。ましてSBGから見てヤフーは「孫」。SBG社長の孫がしゃしゃり出たのでは、ヤフー社長の川邊健太郎の立場がない。
こうした事情から、この日は川邊とLINE社長の出澤剛に主役の座を譲ったが、LINEを何としても手に入れたかったのは外ならぬ孫だ。衣料通販サイトの「ゾゾタウン」を運営するZOZO、そしてLINE。ヤフーが次々と買収攻勢をかけたのも、紛れもなくSBGの総帥、孫正義の戦略である。
ヤフーは8月、子会社でネット通販大手のアスクル社長の岩田彰一郎を株主総会で再任せず、事実上、解任する方針を明らかにした。川邊らは、岩田に「個人向けネット通販事業の『ロハコ』を譲渡しろ」と迫り、反対すると首を切った。
「アスクル少数株主の権利を侵害する」とロハコ譲渡に反対した斉藤惇(元東京証券取引所社長)ら3人の社外取締役まで再任を見送って事実上、解任した。
世間を騒がせた解任劇の背後には「いつアマゾンを抜くんだ。いつ楽天を抜くんだ」と川邊らにプレッシャーをかけた孫の存在があったと報じられている。
「Zホールディングス」に社名を変えたヤフーが11月に発表した2019年4月〜9月決算は、営業利益が9%、最終利益が5%の減益だ。前の年の4月〜9月期もそれぞれ12%、19%の減益だった。電子決済サービス「PayPay」の立ち上げに費やした巨額投資が重荷になった。アスクルの社長を解任してまで「ロハコ」を手に入れようとしたのは、ヤフーを再び「稼げる会社」にするためだ。
ZOZOも買ったばかり
9月には、ZOZOの子会社化を発表した。4,007億円を投じたTOB(株式の公開買い付け)で創業者、前澤友作の持ち株を買い取ったのだ。
時代の寵児と言われた前澤の突然の退場に世間は驚いたが、自社株を担保に巨額の借金をしていた前澤はZOZOの株価下落で首が回らなくなっており、孫に相談を持ちかけていた。記者会見には、サプライズ・ゲストとして前澤とお揃いのTシャツを着た孫が現れ、涙ぐむ前澤の肩を抱いて見せた。
真っ赤っ赤の大赤字
これもヤフーを稼げる会社にするための投資だ。本家、米国のヤフーは、フェイスブックやツイッターに広告収入を奪われ、通信大手のベライゾンに買収され、同じくベライゾン傘下のAOLに統合された。日本のヤフーも主軸の広告収入が伸び悩んでおり、このままでは本家と同じ道をたどる。自前の物流施設を持つ「ロハコ」と「ゾゾタウン」に手を伸ばしたのは、ネット通販事業を新たな収益源に育てるためである。
トドメが11月に発表したLINEとの経営統合だった。ヤフーの親会社であるソフトバンクと、LINEの親会社である韓国ネイバーが折半出資で合弁会社を作り、その会社がZホールディングスの大株主になる。ヤフーとLINEが事業会社としてぶら下がる形になる。
ともに若者に人気があるヤフーとLINEの統合をZホールディングス社長の川邊は「スーパーアプリの誕生」と呼んだ。
記者会見では川邊とLINE社長の出澤剛がガッチリ握手を交わし、「孫さんは統合についてなんと言っているのか」という質問に対し、アスクルの一件で「親子上場」の批判を浴びたばかりの川邊は「報告はしたが、この件には孫さんはあまり関わっていない」と答えた。
しかしその後の報道で、孫が韓国に飛んでネイバー経営陣に会い「体力勝負になる電子決済事業で『LINE Pay』は『PayPay』や『楽天ペイ』に勝てない」と説得したことが伝えられた。
なぜ孫は強引に買収を進めたのか。その謎を解明するためにはソフトバンクグループが置かれた現状をつかんでおく必要がある。
11月6日、東京・箱崎のロイヤルパークホテルでSBGの決算説明会が開かれた。
この日、SBGは「創業以来(最悪)」(孫正義)となる7,001億円の最終赤字(2019年7月〜9月期)を計上した。米シェアオフィス大手「WeWork(ウィーワーク)」への投資失敗が主な原因だ。しかし孫は大赤字を発表した記者会見で「大勢に異常なし」と大見得を切った。「リスク依存症」で知られる稀代のギャンブラーは、この危機を楽しんでいるようでもある。
孫が惚れ込んだ男
その日の孫は久々に「絶好調」だった。出だしは殊勝な面持ちでこう切り出した。
「ご覧の通りボロボロでございます。真っ赤っ赤の大赤字。創業以来のことであり、まさに台風というか、大嵐でございます」
背後のスクリーンには大時化の海の映像が映し出された。
「この2カ月、新聞、雑誌で『ソフトバンクは倒産するのではないか』と言われました。ある意味正しいのかもしれません」
この日、発表した第2四半期決算は売上高こそ2兆3,153億円でほぼ横ばいだが、営業損益は7,043億円、最終損益も7,001億円の赤字になった。前年同期は3,924億円の黒字だったソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)、デルタ・ファンドの営業損益が9,702億円の赤字に転落したのが主な原因だ。この結果、9月30日までの6カ月間の営業活動によるキャッシュ・フローは7,827億円から半減以下の3,736億円に、投資活動によるキャッシュ・フローは1兆1,180億円のマイナスが、2兆1,256億円のマイナスに悪化した。投資キャッシュ・フローのマイナスが営業キャッシュ・フローを2 兆円近く上回っている。
中国ネット通販大手のアリババ・グループ株だけで13兆3,000億円を保有するSBGの財務は堅固に見えるが、半年で2兆円ものキャッシュが出て行く状態が続けば、遠からず資金が枯渇する。
SVFが大赤字になったのは、投資先の1つであるウィーワーク株の評価額を大きく切り下げたからだ。
ウィーワークはテルアビブ生まれのアダム・ニューマンが2010年に創業したシェアオフィスの会社である。ニューヨーク、ロンドン、東京など世界の主要都市でオフィスビルをフロアごと長期で借り上げ、しゃれた空間に改装してベンチャー企業やフリーランスに貸し出す。
1時間前までに予約をすれば、月額45ドルで1カ月に7日間、平日の9時から18時までデスクを利用できる。「Do What You Love(好きなことをやろう)」の文字が入った名物のマグカップでコーヒーも飲み放題。午後3時を過ぎると冷えたビールも提供される。
2018年にはウィーワークが世界最大の銀行であるJPモルガン・チェースを抜き「マンハッタン最大の店子(オフィステナント)」になった。マンハッタンだけで100以上のシェアオフィスを運営し、世界約30カ国で700のシェアオフィスを展開。会員数は50万人を超えた。
十八番は今も健在
ウィーワークは「ユニコーン(推定の企業価値が10億ドルを超える株式未公開企業)」の代表格とされ、ニューマンに惚れ込んだ孫は、SBGとソフトバンク(携帯電話子会社)を通じて総額103億ドルをつぎ込んだ。
しかし今秋に予定されていた上場直前になってニューマンが自分で所有するビルを会社に貸して数百万ドルの利益を得る自己取引が発覚し、上場の目論見書にも不備が見つかった。上場は延期され、投資家の熱は一気に冷めた。その結果、2019年9月期の決算でSBGはウィーワークの評価額を78億ドルに引き下げざるを得ず、創業以来最大の赤字に追い込まれた。
「私自身の投資判断が大いにまずかった」
しかしここから「孫正義の逆襲」が始まった。「会計上は大赤字でも、株主価値は上がっている。株主価値さえ上がっていれば、投資会社のSBGとしては、何ら問題ない」と言うのだ。
2018年末、携帯電話子会社のソフトバンク(宮内謙社長)を分離・上場した。以来、孫は親会社のSBGは事業会社ではなく「投資会社として評価してほしい」と訴えている。
事業会社として会計上の評価をすれば「ボロボロの会社」である。だが「投資会社」として株主価値を評価すると、前回決算発表の2019年8月7日時点で20.9兆円だった株主価値は、11月6日時点で22.4兆円に増えていると言う。
さらに孫は「SVFは投資成果を上げている」と続けた。SVFが投資したベンチャーのうち、2019年9月末時点で、ウィーワークなど評価減になった会社が22社。一方、価値増の会社は37社。差し引きで1兆2,000億円の投資成果を上げているという理屈である。2つの数字を並べた後、孫はこう言って胸を張った。
「信じられない数字だろうが、ソフトバンクグループの株主価値は史上最大になった。ビジョン・ファンドのIRRは世界平均13%の2倍。『ビジョン・ファンドはもうダメだ』といっている人たちの2倍の利益率を上げている」
IRRは「インターナル・レート・オブ・リターン」の略で日本語に直せば「内部利益率」。投資商品の収益率を比較するときに使う指標で、プロジェクトが将来創出するキャッシュ・フローを現在価値に織り込む手法だ。結局のところ「絵に描いた餅」だが、こうした数字を使いながら、バラ色の未来を描いて見せるのが孫の十八番である。
「俺は孫正義だ!」
孫は最初のスライドとは正反対の「穏やかな海」をバックに、プレゼンテーションをこう締めくくった。
「大勢に異常なし」
プレゼンテーションを終えた孫は、狐につままれたような顔の記者やアナリストを満足気に見渡しこう言った。
「今日は色々あるだろうから、いつもより長めに質問に答えましょう」
その時の孫は、「狂気の沙汰」と言われながら、40代の後半で通信事業に参入した頃の孫だった。「創業以来、最大の赤字」が孫を15年ほど若返らせたのである。
2000年代の孫は、日本テレコム、ボーダフォン2つの買収で莫大な借金を背負い、肝心要の携帯電話事業は不具合の連続。その度に孫は、記者を自分の部屋に呼び、理由と対処策を説明した。私も当時は東京・箱崎にあったソフトバンク本社の社長室に呼ばれたことがある。孫はホワイトボードに通信網の絵を描き、唾を飛ばして熱弁を振るった。
「今回の不具合はここ。ウチが借りているNTTの局舎に置いた交換機で起きた。真夜中にウチの社員が急行したが、局舎に入れてくれない。だから僕が直接電話した。『あんた誰だ』と聞くから、『俺は孫正義だ。いいからそこを開けろ!』と怒鳴り上げた」
あの時の孫は、エネルギーに溢れていた。
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source : 文藝春秋 2020年1月号