外国人からみて「安い国」になったニッポン。生産性向上できなければ日本経済は没落する!
安いニッポン
外国人観光客が、日本各地で活発な消費をしています。2018年の訪日外国人旅行消費額は45兆円に上りました。高級店に列をなして買い漁る……今やインバウンド消費は日本経済を支える大きな柱です。
一方、日本から海外へ行くと、物価の高さに驚かされます。先日、日本経済新聞が「安いニッポン」という特集を組み、アメリカと比較して「年収1400万円は低所得」との見出しで報じたことが波紋を呼びましたが、欧米では普通のランチが3000円することもザラ。日本人が海外旅行でブランド品を買い漁っていたのも今は昔です。
国民1人当たり総所得のランキング(2017年)をみると、日本は3万8550ドルで世界22位。1位のスイス(8万560ドル)の半分以下です。1人当たりGDP(国内総生産)ランキングでも、日本は世界26位でイスラエル(23位)やUAE(25位)にも負け、韓国(28位)とはわずかな差しかありません。もはや日本は「先進国」と胸を張れるほどの金持ち国ではないのです。
なぜ日本は「安い国」になってしまったのでしょうか。
熊野氏
その要因の1つは、円安です。20%円安になると、1万円札で買えるモノは100ドルから80ドルに減ります。逆に100ドル札で買えるモノは、1万円から1万2000円に増えます。円安誘導は、日本銀行主導で進められています。2013年4月以来、日銀の黒田東彦総裁はいわゆる異次元の金融緩和政策を続けています。お金の流通量を増やし、金利を下げて、円安を進めるためです。そこには「アベノミクス」を掲げる安倍晋三首相の意向が働いています。
安倍首相の頭の中には、おそらく1980年から90年代にかけての円高不況があるのだと考えられます。この時期、円高を背景に、製造業の大手メーカーが生産拠点を海外に次々と移転し、産業の空洞化が進み、国内の雇用が減るとともに、輸出も減りました。日本の産業構造の中で大きなウェイトを占める製造業の低迷により、日本経済は深刻な不況に陥りました。このような事態の再来を避けたいという思いがあるのでしょう。
問題は「生産性の低さ」にあり
通貨の価値が下がれば、海外にモノを安く売れる一方、海外から買うモノは高くなります。実際、日銀の異次元金融緩和政策の導入以来、海外のモノやサービスを買う力を表す円の実質実効為替レートは10%ほど下がっています。しかし、訪日外国人観光客のリッチぶりを見ると、実質実効為替レート10%減だけでは説明できないほど、日本の物価は急落しています。
それは一体なぜなのか? ひとつには、不動産という要因があります。
たとえばアメリカや中国では近年、不動産価格が上昇しています。そのためアメリカや中国の中間所得層、高所得層は所有する住宅を転売し、その差額を消費に回すことができます。高所得で、不動産価格の上昇をレバレッジ(てこ)に購買力を高めたアメリカ人、中国人が日本に来ると「なんて安いんだ!」と感じるわけです。
日本の不動産価格も最近は上昇しているものの、それをレバレッジしてお金を借りたり、投資したりする仕組みがほとんど整備されていません。その上、日本人は土地に対する執着心が強いのか、不動産市場の流動性が非常に低い。バブル崩壊の痛手からか、不動産市場が硬直化している側面もあります。いずれにせよ、不動産価格の上昇を購買力に変えられないのは日本の弱みです。
日本でお金を使いまくる中国人観光客たち
一般に都市部には人と企業が集まることによる効率性の向上=集積効果が働きます。そのため都市部は不動産価格が上昇しやすいのですが、中国の、上海、北京、深圳などの不動産価格は、日本の大都市に比べてはるかに高い伸び率を示しています。集積効果はどの都市にもあるのに、なぜ中国の大都市は日本の大都市より著しく不動産価格を上昇させているのか?
その最大の要因は、「生産性の高さ」の違いです。中国の大都市は、生産性の高い企業が集まることで、さらなる富が生まれ、その派生的な結果として不動産価格が上昇しているのです。
経済成長率は、(就業者数の伸び率)+(1人当たり生産性の伸び率)によって計算されます。人口減少が進む日本で、今後、就業者数の伸び率が大きくプラスになるとは考えにくく、経済成長を成し遂げるには、1人当たりの生産性を上げるしかありません。
逆に言えば、冒頭に述べたような日本の経済的地位の低下は、生産性の低さによってもたらされたと考えることもできます。日本生産性本部は、2018年における日本の1時間当たりの労働生産性が、経済協力開発機構(OECD)加盟国36カ国中、21位だったと発表しました。主要先進7カ国(G7)に絞ると、1970年以降、日本は最下位記録を更新し続けています。
付加価値生産性に乗り遅れた日本
ではなぜ日本の生産性は低いのか?
理由の1つは、企業が競争するときの発想について、日本がパラダイム・チェンジできていないことにあります。別の言い方をすれば、「物的生産性」から「付加価値生産性」へと世界のパラダイムが変化したにもかかわらず、いまだに日本は物的生産性の中で停滞しているのです。
物的生産性とは、生産数、販売量、収穫個数など、物量で捉えることができる生産効率を表す尺度です。たとえば自動車部品工場で1日100個の製品を作っていたとしましょう。それを1日で200個作れるようになれば、物的生産性は高まります。モノを作って海外にたくさん売るには、通貨が安い方がいい。その点、円安と高い物的生産性はよくなじみます。日本の製造業は、円安と高い物的生産性によって、高度経済成長を牽引しました。
一方、付加価値生産性の考え方は異なります。生産数は100個のままで、その代わり1個あたりの付加価値を上げ、高く売ることで利益を拡大しようという発想です。正確には、売り上げから原材料費を除いた粗利を、労働投入量で割って付加価値生産性は計算されます。1人が稼ぐ粗利が増えるほど、付加価値生産性が上昇するわけです。
物的生産性から付加価値生産性へのパラダイム・チェンジを引き起こしたのは、IT革命です。2000年代以降、グーグル、アップル、アマゾンなどが、電子部品そのものよりも、サービスを提供するプラットフォームの付加価値で勝負し、覇権を拡大しました。しかし、日本の製造業は相変わらず、コスト削減しながらモノを作って安く売る発想から抜け出せていないのです。無限のダイエットのようなものです。
この状況は、一昔前の価値観に執着して世界の潮流を読み違えたという点で、太平洋戦争に突入した頃の日本とも重なります。第1次大戦前、欧米諸国は植民地支配により帝国を築きましたが、植民地の反発を受けて、民族自決を認める動きが広まりました。欧米は帝国主義の限界を知り、パラダイム・チェンジしたのです。ところが日本は1920年代以降も帝国主義に邁進し、満州の支配に乗り出しました。その結果、包囲網を敷かれ、日米開戦に追い込まれたのです。
ともあれ、現在の世界で経済成長の鍵を握るのは付加価値生産性であり、アイデアを使って商品を高く売るビジネスモデルを構築する必要があります。
1個300円のおにぎり
しかし、付加価値生産性の上昇を阻む問題が日本にはあります。少子高齢化です。
今、世帯主が20〜30代の世帯の若者消費がひどく落ち込んでいます。2003年に対して、2018年は市場規模が66%。つまり、15年間でほぼ3分の1減ったことになります。公的年金だけで暮らす人が大半を占めるシニア層も、当然ながら節約志向が強く、活発な消費を行っていません。したがって若者をターゲットとする外食産業や、シニア層向けの介護などの個人サービス業では、価格を引き上げることができず、高付加価値ビジネスへ舵を切りにくい状況です。
若者消費の縮小という逆風を跳ね返して、成長をつづける業界もあります。たとえばアニメ業界です。日本のアニメが凄いから世界が注目したと語る人もいますが、私は、むしろ日本の市場が縮小しつつある状況を見越し、リスクを取って、海外展開に打って出た結果、成功できたのだと考えています。ゲーム業界、フィギュア業界も同様です。それと対照的に、海外に活路を見いだせない業界の事業規模は、この10数年で大幅に縮小しています。
インバウンド向けのビジネスにも追い風が吹いています。先日、新千歳空港の店には、300円以上もするおにぎりが並んでいました。東京のコンビニでおにぎりが300円で売られていることはまずありませんが、外国人観光客の利用が多い店ではそれでも需要があるのです。北海道では人口減少が急速に進んでいますが、あえて日本人には買えないような商品を企画して、外国人に売っているわけです。これは付加価値生産性を高めた好例と言えます。
投資をしないから儲からない
少子高齢化や人口減少という条件下でも付加価値生産性を高めるには、積極的に将来へ向けた前向き投資を行う必要があります。
ところが、ここでも日本企業は生産性向上とは逆方向の動きをしています。企業は内部留保として現預金をためこむばかりで、投資には回していないからです。当然、資本の収益性は落ちていくでしょう。
かつて日本の製造業は、積極的に設備投資を展開して、生産性を向上させてきました。設備投資によって得られた収益で、再投資するという習慣がありました。しかし、今では大企業も、販売数量の大幅アップが見込める事業にしか設備投資をしません。基本的には減価償却の負担がゼロになるまで現状維持のまま旧来の設備を使い続けるところが多いようです。
製造業だけではありません。以前、こんな話を聞きました。日本企業のほとんどはソフトウェアに何か不具合が起こらない限り、新製品に更新しない。一方、外資は、不具合がなくても、効率の高いソフトウェアが新しく出れば更新する。ソフトウェアの性能が競争力を決める金融業界では、特にその傾向が強い。その結果、日本企業は相対的に競争力が落ちていく――。
日本企業の多くは、投資をしてキャッシュを動的に増やすのではなく、固定費負担を下げ、人件費も下げることで利益を確保しようとしています。
なぜ日本企業は投資習慣を失い、バランスシートにせっせとキャッシュを積み上げているのか。その最大の理由は、長く続いたデフレ時代を生き抜いた世代が今、経営の中核を担っているからでしょう。現在の経営陣は、投資抑制と経費削減によって利益を確保し、それが評価され、出世してきた人々が多くいます。その「成功体験」が、彼らを縛っているのだと考えられます。リーマンショック後、2012年頃からは増益の企業が増えてきましたが、それでも投資を再開できないのは、もっぱら節約で利益を積み上げた成功体験から抜け出せないからです。
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source : 文藝春秋 2020年2月号