著名人が母親との思い出を回顧します。今回の語り手は、生島淳さん(スポーツジャーナリスト)です。
私が小学校2年生の時に父が身罷り、母と祖母との生活が高校卒業まで続いた。とにかく、迷惑ばかりかけていた。一例を挙げるなら小学生時代の不登校である。ところが母は「学校に行きなさい」とは一言も漏らしさえしなかった。えらい。
大正15年元日生まれの母との強烈な思い出は、私が結婚してすぐ、母の故郷である三重・浜島町に旅行した時のことだ。民宿で母、私の嫁さん、そして私が川の字になって寝ていると、突如、母は「告白」を始めた。
私生児だったこと。一時期、浜島に住む叔父、叔母夫妻に預けられていたこと。うしろ指を指されないために学校の勉強は頑張り、地元の銀行に就職したこと。戦争。そして戦後、母(私にとっての祖母)が宮城・気仙沼で食堂を始めるというので、一緒についていき、その店に顔を出していた男性――私の父――と結婚した経緯も。結婚初夜はどうしていいか分からず、祖母に助けを求めたという(父は酔い潰れていたらしい)。
いま、振り返ると不思議な夜だった。久しぶりに故郷に帰ったことで、なんらかのスイッチが入ったのだろう。自分のルーツにまつわる話を末っ子に託したかったのかもしれない。
そんな母は2011年2月に鬼籍に入った。享年85。その1か月後、故郷の気仙沼は東日本大震災に襲われる。妙な言い方だが、震災で苦労する前に息を引き取った母は強運だったかもしれない。
母が亡くなっても、私は最期まで親不孝者だった。通夜の晩、私は市川亀治郎(現・市川猿之助)の歌舞伎を見に行ったのだった。嫁さんに相談したところ、「お母さんは『淳は、そういう息子だから』と呆れて、笑って終わりだね」と言ってくれたので、嫁さんと母に甘えることにした。神経が研ぎ澄まされていたせいか、その日の亀治郎の芝居はいまも鮮明に思い出せる。
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source : 文藝春秋 2024年1月号