経団連会長 日本企業「改革」宣言

中西 宏明 日立製作所取締役会長兼執行役
ニュース 経済 オピニオン
昨年リンパ腫を患って療養し、今年復帰した中西氏。病床では、経団連会長として経済界で今なにをすべきかを考えていたという。そして、辿り着いた答えは、「日本企業は改革しなければならない」ということだった。「社長の選び方から変えないと」と語る中西氏の改革プランは一体どのようなものなのか。

病床で経済界の今後を考えた

「これは下手すると死んでしまうかもしれないな……」

 そんな思いが頭を過ぎったのは、昨年5月19日、リンパ腫の可能性が高いと告げられた時のことです。

 その少し前、私は4月の終わりからワシントンDCに出張に出かけていました。米中関係の雲行きが怪しくなり、現地で話を聞いておかないと、と思ったのです。順調に日程をこなしていましたが、いつもと違って疲れがたまる。73歳になりますが、こんなひどい疲れは初めての経験です。おかしいなと思って帰国した後、かかりつけの医師に血液検査をしてもらいました。そうしたら「異常な数値です」と言われ、すぐにCT画像を撮ることに……結果は、リンパ腫の診断。赤血球の数が減って貧血状態になり、疲れやすくなっていたのです。その場で有無を言わさず、「直ぐに入院」と宣告されました。

 経団連会長も日立製作所の会長も続けられないと考えるのが当然でしょう。家内からは「早く辞めたら」と前々から言われていましたし、退任するにはいいタイミングとも思いました(笑)。だけど周囲は「辞めないで下さい」と止める声ばかり。続けるなら潔く病名も公にしたほうがいいと思って、リンパ腫だと発表したのです。

 入院して最初の頃は本当にしんどかったですね。抗がん剤治療をしたら、すっかり髪の毛も抜けました。筋力も落ち、少し歩いただけで息が切れる。ただ、幸いにも副作用はほとんどなく、ひと月半ほどで腫瘍は消えた。治療は計画通りに進み、先生からも「こんな順調な患者はめったにいない」と言われるほどでした。9月上旬には仕事に復帰したのですが、月末にまた抗がん剤治療をすることになっていた。今回も大丈夫だろうと思っていたら、その後ひと月くらい調子が相当悪かった。担当医に「きつい」と愚痴をこぼしたら、「普通の人は最初からそうなんです。今頃言っても副作用のうちに入りません」と言われてしまいました(苦笑)。

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中西氏

 入院中は点滴をしないといけないので、ほとんどベッドに括り付けられた生活です。時間だけはありましたから、“積ん読”になっていた本を家から順番に届けさせては、1冊ずつダーッと読んでいきました。最初は気楽な小説ばかり読んでいたのですが、だんだん食い足りなくなって、エズラ・F・ヴォーゲルの『鄧小平』とか、友人に「お前、読んでおけ」と薦められていた分厚い英語の本なんかを読んだりもしていました。

 特に参考になった本を一つ挙げれば、リチャード・クーの『「追われる国」の経済学』。クーは、バブル崩壊後の日本経済を「バランスシート不況」と呼び、政府が財政出動する重要性を説いて話題になりましたが、今回取り上げているのは、“失われた20年”の次の日本経済の話です。異次元緩和のせいで歴史的な低金利なのに、企業部門はお金を借りようとしない。増えるのは内部留保ばかりで設備投資は滞ったまま。これは、経済学の教科書では想定していなかった事態です。「追われる国」となった先進国では、これまでの経済政策がもう通用しなくなっている、という指摘が非常に印象的でした。

 入院中に最も気になったニュースは、気候変動の問題です。昨年は梅雨が2カ月近くあって、その梅雨が明けたらいきなり猛暑になった。その頃、パリなどでは、40度を超えたと報じられていました。「CO2のエミッション(排出)と地球温暖化は関係ない」と言う某国の大統領もいますが、「それは違うよ」と思います。

 この激変する時代にあって、経済界に求められているのは何か、私は経団連会長として何をなすべきか――ベッドの上で、そんなことを改めて考えていたのです。

工場で鍛えられただけの社長ではダメ

 日本復活のカギを握るのは、やはりトップの経営力です。高度成長期は、同じような業態の会社が日本国内だけで幾つもあって、真面目にいいモノを作っていればそれなりの値で売れる時代でした。日立がまさにそうですが、どんな社員も製造工場が振り出しで、技術、製品が“命”と教えられてきた。モノづくり第一の環境ですから、工場のオペレーションに長けた人が会社のトップに座ることに何の疑問もありませんでした。

 だけど、私自身もそうでしたが、工場の中だけで鍛えられると、改良・改善は得意になります。しかし、次のビジネスチャンスを探すような機会はあまりないし、お客様との接点もないから、発想がぜんぶ内向きになってしまう。商品が売れないと「こんなに努力していいモノを作っているのに売れないのは営業が悪いからだ」と人のせいにして平気でいる。でも、それは「自分が恵まれないのは世の中が悪いからだ」というのと同じ。今の時代、そんな発想ではビジネスリーダーは務まりません。

 自動車産業などが典型的ですけれど、ガソリン車からEV(電気自動車)へと劇的な変化が起きています。車は買うものからシェアするものになり、販売台数も伸びなくなっている。技術も変わり、お客さんも変わるという時代に、どういう戦略を持って経営判断をしていくか。これはどの製造業も工場のオペレーションをやっているだけでは、対応できない世界です。

 今のトップに必要なのは、これまでとは違った頭の使い方と、それを実現するためのネットワーク作り。大きな変化をクリエイトすることで、新たなオポチュニティ(ビジネスチャンス)を見出すビジネスリーダーが求められます。こうなるともう、経営者というのは一つのプロフェッション(高度な専門職)なのです。

「ボードは責任を取れないぞ」

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 では、そういうリーダーをどうやって育て、選んだらいいのか。

 日本の会社では、会長と社長が全権を持って次期社長を選ぶのが今でも主流です。打ち明け話をすれば、日立も2008年度に巨額の赤字を出すまでは、その考えでやっていました。緊急事態で任命された川村隆さんもその後任の私も、同じように選ばれています。大きく舵を切ったのは、私が社長だった12年にガバナンス改革に踏み切ってからでした。ボード(取締役会)を社外取締役メインにして、外国人もたくさん入れた。後任の社長を決めたのは、その1年後のことでした。

 社外取締役を入れるとどうなるか。日立はそのいい例でしょう。私の後任人事は、猛反発を受けました。まだトップを選ぶ仕組みを作り替えている途中で、「いいヤツが出てきたから別にいいじゃないか」と反論しても、「そういう問題ではない。(今までのような決め方では)ボードは責任を取れないぞ」とクレームを付けられた。

 そう言われると、たしかにそうだな、と思いました(笑)。それで次の世代はどうしようかと、将来の社長候補を並べてオープンに議論をしたんですが、日立流の“工場育ち”の中には、グローバルにビジネスを引っ張っていけるリーダーはほとんどいないのでは、という話になった。各事業所が推薦してくるのは入社以来30年以上、同じ仕事で業績を上げてきた面々ばかり。たしかに事業所内で見渡せばそういう人選になる。でもこれでは困るよね、という話になって、育てるプロセスを変えないといけない、トップの選び方もボードが選ぶ形に変えないといけない、という結論に至ったのです。

社外取締役の条件とは

 もちろん、次の社長を指名するだけでなく、ダメだった場合はクビにするのもボードの責任です。当然、不正を指摘する役割も求められる。日産自動車や東芝で起きた問題は、ガバナンスの観点から言えば、ボードが機能していなかったと言わざるを得ません。

 日本でも社外取締役の限界を指摘する声があることは承知しています。ただ、大事なのは、社外取締役にビジネスを引っ張ってきた経験があるかどうか。日立の社外取締役には、グローバルインダストリーのCEOを経験してきた外国人が3人いますが、ちゃんと役割がわかっている。中には製造業の出身ではない人もいますが、取締役としてのミッションが常に頭に入っているし、すごくストレートフォワード(率直)に意見を言います。

 よく「日立は事業の範囲が広いから、中身をわかっていない社外取締役からゴタゴタ言われて困りませんか?」と聞かれますが、それはむしろ逆。例えば、取締役一歩手前の執行役から報告を受けた後、トップである私が意見を言うと、だいたいそれが結論になってしまいます。でも私としては不安がないわけではない。「私の前で頭を下げているだけではないかな」と心の中で思ってしまうんですね。ところが、社外取締役から「単なる概況説明ではなく、次のステップを説明して欲しい」と言われると、執行役の態度も変わります。「お前、マーケットをどう見ているのか? 俺にわかるように説明できなきゃダメだぜ」といった感じで、かなり鋭い質問が飛んできますから。どこにオポチュニティがあるか、どこにリスクがあるか、事業の中身には詳しくない社外取締役には必死で説明しようとする。しかも、社外取締役は私が考えていることと大体同じことを突いてくれるので、トップとしては楽なのです(笑)。

日本の若者よ、やりたいことをやれ

 激変する時代に対応できるリーダーを育てるためには、そもそも採用のあり方から見直していく必要があると私は提言してきました。

 経団連がある大手町の会社は特にそうですが、未だに就活スーツを着てぞろぞろ歩いている。50年前に会社に入った私だっておかしいと思いますよ。こういう状況を見て見ぬふりをする経団連はよろしくない。それで「新卒一括採用はもうやめるべきだ」と言ったら、大騒動になってしまいました(笑)。グローバルに事業をやっていく企業は海外人材の活用も当たり前に考えないといけない時代です。大学の卒業時期からして、日本とは全く違うわけですから、一括採用は相当変な話なんです。

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「就活スーツなんておかしい」

 会社とはもともと人とカネを集める「場」です。この「場」を上手に活用してお金を儲けるのが、ビジネスの基本。それなのに、会社という「場」が年功序列、終身雇用を前提にしていては組織は硬直化してしまいます。

 こういうことに無自覚のまま、大企業を志向し、入社してくるのは、それだけでme too product(模倣製品)のようなもの。もはや、そういう人材を採用していい時代ではありません。日立も、会社という「場」のあり方を変えようとしています。これまで通り工場のオペレーションを上手にやって課長、部長と出世しても、会社は成長しない。新たなオポチュニティをどんどん掘り起こしていけるような人材が欲しいのです。

 こうした私の問題意識を、社員全員が共有できているかと言うと、それは違います。でも、私の実感で言えば、「俺も、俺も」と手を挙げる若手は着実に出始めている。最初はアメリカ人や中国人のほうが積極的と感じましたが、決して日本人が新たな挑戦に不得手というわけではない。日本人も、そういう「場」を提供すると、「俺もやりたい」と手を挙げるようになってきます。

 私が若い人たちに言いたいのは、もっと自分のやりたいことをやって欲しい、ということ。「自分探し」という言葉があること自体、おかしいですよ。やりたいことをやるために、会社という「場」はあるわけですから。金太郎飴のようにいい学校を出て大企業に入れば安泰、というモデルはもう存在しません。しかし、それを悲観的に捉えるのではなく、逆にそれだけ活躍の場がたくさんあるんだと思って欲しいですね。

ネット企業や女性経営者を増やしていく

 経団連も変わらなくてはいけません。これまでは重厚長大産業を中心に運営されてきましたが、本当の意味で日本の経済界を代表する組織であり続けるためには、やはりネット企業やベンチャー企業の参加が必要です。実際、メルカリやアマゾンジャパンも加盟しましたし、18年11月には、入会条件の純資産額の規定を「10億円以上」から、「1億円以上」に大幅に緩和しました。

 ただ、こうした企業が本当に経団連で新しいことをやれるのかと言うと、まだ課題がある。これまでネット企業が経団連になかったわけではありません。一旦入っても退会していくことが多かったのです。楽天がそうですし、ソフトバンクも加盟こそしていますが、孫正義さんは距離を置いています。計18人居る副会長も伝統的な大企業ばかりで、昔から変わらない。1つの要因は、副会長を出すと、会費がボンと上がってしまうからでしょう。幾らかは言えませんけれど(笑)。

 女性の経営者にも副会長になって欲しいのですが、まだ候補者が決定的に少ないのが現実です。実際に「副会長にぜひ」と声をかけた人もいましたけれど、断られてしまいました。残念なことですが、「経団連は私と雰囲気が違うから」と言われることが多いのです。

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 そもそも、伝統的な大企業ではまだ女性のトップが一人も生まれていません。日立でも、女性登用を掲げて20年ほど経ちますが、途中で何度か挫折をしている。1つの原因は、雇用システムが昔ながらの制度のため、妊娠・出産などを機に辞めてしまう人が多く、結果として役員候補になる女性は限定されていました。現実問題として、女性のトップを育てるには相当強く意識してやっていかないと、自然には増えていかない。だからこそ、女性登用の目標は高く掲げ続けたいと思います。

 経団連のあり方として「政治との距離」もよく議論されるところです。時の政権との距離が近すぎると批判されることもありますが、そもそも両者が緊張関係にあるということはあり得ないと私は思っています。高度に情報化された社会では、政官界と財界が考えていることに差はほとんどありません。むしろ、私が訴えたいのは、「政治が成長戦略を掲げても、実行するのは全部経済界。だから邪魔になることだけはやらないで」ということ。ただ幸いなことに、財界が「この方向に行きたいからこうして欲しい」と主張した時、今の安倍政権が「ノー」と言うことはありませんね。

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source : 文藝春秋 2020年2月号

genre : ニュース 経済 オピニオン