
今年度に公表される予定の改訂コーポレートガバナンス・コードは、ガバナンスの形式を整える段階から、実効性を高めて企業価値を最大化させる段階へとシフトする。市場から企業に対するガバナンス実質化の圧力が高まる中、経理・財務部門には、正確性やコンプライアンスの確保だけでなく、株主対応や経営戦略を支えるための情報提供の役割も期待される。経理・財務は、進化するAIも活用しつつ、どのように業務を変革すべきなのか――。財務やガバナンスのプロが語り尽くした。
■基調講演
「事業ポートフォリオ・マネジメントの必要性と実務」
~事業の将来予測、企業価値の向上を担う、経理・財務部門の責務~

東京都立大学経済経営学部教授
東京都立大学大学院経営学研究科教授
松田 千恵子氏
日本長期信用銀行にて国際審査、海外営業等を担当後、ムーディーズジャパン格付けアナリストを経て、コーポレイトディレクション、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンでパートナー。事業会社の社外取締役、政府等の委員を務める。東京外国語大学卒業、仏国立ポンゼ・ショセ国際経営大学院経営学修士、筑波大学大学院企業科学専攻博士課程修了。博士(経営学)。近刊に「サステナブル経営とコーポレートガバナンスの進化」(日経BP社)、「全社戦略―グループ経営の理論と実践」(ダイヤモンド社)、「考える道標としての経営戦略」(日本実業出版社)等。
昭和のコーポレートガバナンスは、銀行が監視役を担うメインバンク・ガバナンスが中心だった。その時代は「銀行が財務の面倒を見てくれたし、組織は終身雇用制などの日本型人事システムが人材供給を支えてくれた。経営は事業の売上を伸ばすことだけに集中できていた」と東京都立大学の松田千恵子氏は振り返る。
だが、そうした時代は1990年代後半に終わった。金融再編を受け、企業の資金調達が、銀行借入から、資本市場を通じた直接金融に移行すると、ガバナンスも株主を監視役とするエクイティ・ガバナンスへとシフトした。ただ、2015年のコーポレートガバナンス・コード(CGコード)策定から10年余が過ぎても、「CGコードは、ガバナンスの形式を整えるチェックリストにとどまっていて、実質的に根付いていない」(松田氏)。この状況に東京証券取引所は、解散価値より株価の方が安い「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ企業」に改善計画を要請し、上場企業にふさわしい経営水準を求めた「PBRショック」を皮切りにエクイティ・ガバナンスの実質化へと舵を切った。
◎資金提供者が企業に求めるものが変化
ガバナンスの変化に伴い、資金提供者が企業に求めるものが変わった。決算(過去の実績)に注目して返済能力を見込む銀行(債権者)に対し、株主(投資家)は事業の将来予測・計画に注目し、将来にキャッシュを生むと見込んだ事業に投資する。そこで、今年公表されるCGコード改訂の議論では、キャピタル・アロケーション(資本配分)や、事業ポートフォリオ・マネジメントが重視されている。銀行は、現預金や、担保になる証券、不動産を保有する企業、リスク分散の点から多角的な事業ポートフォリオを持つ企業を好んだ。しかし、投資家は、事業に資金を投じて成長させることを求める。「投資家は、自身の投資ポートフォリオの一角として事業に投資したいので専業を好む。多角的に事業展開する企業グループの本社は、事業を熟知し、的確な全社戦略を進めることで、投資家より優れたポートフォリオを作り、将来的により高いリターンを実現できると、投資家を納得させる必要がある」(松田氏)
もう1つ、株主が注目する全社戦略について、松田氏は(1)企業理念の確認(2)戦略的事業単位(SBU)の設定(3)SBUごとの事業戦略に対し、グループ本社が投資家視点でまとめる全社戦略の策定(4)事業戦略を定量化し、データに基づく経営管理(5)企業価値向上を意識した財務戦略(6)横串重視の組織づくり――の6ステップを解説した。
■課題解決講演(1)
2026年2月 日商簿記1級“合格レベル”の経理特化型AIが誕生
──AIエージェントが同僚になる時代、経理の仕事を再定義する

ファーストアカウンティング株式会社
社長室・エバンジェリスト シニアコンサルタント
上野 篤氏
めざましい進化を遂げるAIは、数年~10数年後に人間の知能を超える転換点「シンギュラリティ」を迎え、さまざまな業務を代替できるようになると予測されている。大手日用品メーカーでDXや経理シェアードサービス化をリードした経験を積み、経理特化型AI事業を推進するファーストアカウンティングに転じた上野篤氏は「経理シンギュラリティに向け、請求書や税務の確認などの仕事はAIに任せ、経理社員は企業価値向上に向けた高度な業務に取り組める環境を整えたい」と語る。
同社は、OCR(光学文字認識)やPeppol(ペポル、電子請求書国際標準規格)アクセスポイントなどにAIを活用して自動化を推進。2億件の経理処理を通じて蓄積したナレッジを基に独自開発した経理特化型AI「Deep Deen(ディープ・ディーン)」は、簿記1級検定で99.8%の正答率を記録。一般的な生成AIを大きく上回る。「ルーティンワーク自動化だけでなく、一部の判断業務もこなせるレベルになった」(上野氏)。
同社AIは多くの大手企業が導入、多様なシーンで実績を上げている。
【請求書業務】取引先から届いた請求書の入力や仕訳の生成、稟議情報、発注データ、マスターデータなどとの照合などを自動化
【経費精算業務】申請段階でAIチェックを行うことで、申請の誤りによる差し戻し業務の手間を削減
【新リース会計基準】契約書管理・固定資産管理システムと連携したAIが契約内容をリース判定、結果を固定資産管理システムに連携する
【税務判定】稟議と照合して、資本的支出か修繕費かの区分、源泉税、交際費、消費税等の区分の判定、計上ミスのチェックなど。
「経理AIを活用した業務の自動化で、ROIC経営など新たな経理業務の領域に挑んでいただきたい」と語った。
■特別講演
「コクヨグループの企業価値を向上させる財務戦略と資本政策」
~経営、事業戦略を支えるファイナンス組織への変革~

コクヨ株式会社執行役員
Finance & Accounting本部長
本田 仁志氏
早稲田大学卒業後、東芝にて経理および財務領域を担当。その後、アーバンコーポレイション、ファーストリテイリングを経て、2008年トランスコスモス入社後CFOに就任し、経営管理、経理、財務、法務、総務、システム部門を統括。19年より日立物流(現ロジスティード)入社後、常務執行役員CFOを務め、24年4月に執行役員としてコクヨに入社し現職に至る。
複数の大手企業でCFOとして財務改革に実績を上げ、2年前からコクヨの財務戦略を担う本田仁志氏は「株価と資本コストを意識した経営」のため、企業価値を以下のモデル式で定義。「成長投資によるキャッシュフロー創出、資本コストのリスク低減、持続的成長力の向上のバランスをとる『規律ある財務戦略』を進める」として、同社の企業価値向上戦略を語った。

具体的には、FP&A(財務計画・分析)で、事業計画や業績予想を基に将来の財務状況を予測する財務モデルを使い、バランスシート・マネジメント(B/S管理)、キャピタル・アロケーション(資本配分)を実施。コクヨの第4次中期経営計画(2025~27年)は、27年にROE9%以上に資本収益性を向上させること目標に、増配や自社株買いを組み合わせて自己資本・投下資本を圧縮。3年間で約700億円をM&Aを含めた成長投資に配分することを盛り込んだ。
◎経済的価値と社会的価値の両立へ
企業価値のモデル式では、サステナビリティという社会的価値を、資本コストのリスク低減、持続的成長力の要素に入れた。これまでの企業の社会的活動は、経済的活動と切り離され、企業価値に結びつかないことが課題だったが、事業を通じて「自分を高める人」、「多様な人との交流」、「課題を解決するチーム」を増やすことが、同社が目指す「社会課題が解決され続ける自律協働社会の実現」という社会的価値につながるというロジックを示し、事業の社会貢献度を定量化する指標の設定・開示を準備、企業価値に結びつけることを目指している。
株主資本主義は、株主の期待を上回る収益を上げ、それを成長投資や株主還元に回すことを企業に求める。そこで、経営者は、成長と還元のバランスの判断を迫られる。本田氏は「株主還元も重要だが、今あるパイを分配することになるので、パイ自体を大きくする成長投資が重要だ。規律ある財務戦略に基づいた質の高い成長が、企業の経済的価値と社会的価値双方を最大化させる」と成長投資の重要性を強調。「コクヨは4次中計で成長投資に舵を切ることを決断した」と語った。
■課題解決講演(2)
AI×DX時代に経理財務部の存在意義はどう変わるのか?
~FP&A機能強化を形骸化させないマネジメントポイント~

株式会社アバント
事業統括本部 COO室 ディレクター/室長
大竹 啓介氏
「現状のビジネスは10年もたない」といった事業の持続性への懸念が経営者間に広がっている。さらに、企業価値向上を求める市場の圧力も増し、事業を入れ替えるポートフォリオ・マネジメントの重要性は高まっている。一方で、P/L(損益計算書)を重視してきた企業は、資本効率性を重視する投資家との対話に難しさも抱えている。連結会計システム国内トップシェアのDIVA(ディーバ)を傘下に置くアバントグループのコンサルティング会社、アバントの大竹啓介氏は「不確実性の高い環境下で投資家の期待に応えるには、経理部門が、FP&A((財務計画・分析)機能を強化し、シミュレーションで『可能性のある未来』を可視化する“攻め”の組織になることが求められる」と語る。
経理部門がすべきことは、次の3点に集約される。
(1)企業価値の目標値と現在値のギャップを定量的に把握
(2)投資家ニーズに合った指標と会社側の事業管理指標の整合性を担保
(3)目標実現に向けた合理性のある企業価値向上戦略ストーリーを構築
これらにより「企業価値と経営戦略ストーリーを連動させ、企業価値最大化の実現性をステークホルダーと共有できる」(大竹氏)
一方、経理部門には、決算や予実管理など守りの業務もある。“攻め”に取り組むには、守りの業務負荷が重く、人員不足も深刻だ。「優秀な財務・経理人材は、コンサルなど他業界との獲得競争が激しく、事業会社の報酬体系では、即戦力の中途採用はもちろん、せっかく育成した人材の定着も難しい」(大竹氏)。そこで、取り組むべき事として、
(1)ITによる業務効率化、属人化解消を推進して業務負荷を低減
(2)ITを利用しつつFP&A機能を強化
(3)優秀な人材確保のための組織・人事評価の変革――を訴えた。
■課題解決講演(3)
AIエージェントの実装を成功させる「データ構造化」
~"AI Ready"な経理を実現するための業務フローの再設計~

株式会社TOKIUM
営業部長・西日本営業所長
山崎 加夏子氏
AIを利用すれば、単純作業の手間をなくし、経理業務の大幅な効率化が可能だが、活用が進まない企業も多い。「原因はAIの性能ではなく、AIが動ける環境『AI Ready(AIレディ)』が整っていないことにある」。経理効率化のためのシステムやAIエージェントを提供するTOKIUM(トキウム)の山崎加夏子氏はそう指摘する。
具体的には、紙のデータをAIが読み込めない。ベテラン社員しか知らない暗黙知に頼った例外処理などの業務をAIに学ばせられない。経費精算、請求書などのデータが別々のシステムで管理され、AIがデータをつなげて判断することができない――という3つの壁がある。
AIが読めるデータを実現するには、4ステップの業務見直しが必要だ。
(1)ペーパレス化 紙データをスキャンし、データをデジタル化する。領収書をスマホで撮影するだけでデータ化できる経費精算システムや、紙の請求書のスキャン代行サービスの利用で、社内負荷なく進められる。
(2)属人化した業務の標準化 暗黙のルールをベテラン社員からヒアリングして、新入社員にも引き継げるように明文化してAIに学ばせる。
(3)データの表記揺れ解消 「株式会社」と「(株)」、全角入力と半角入力の混在といった、同じ意味の言葉が異なる形で記述される表記揺れ問題について、表記をそろえるルールを定める。
(4)データの一元管理 部門間、システム間のデータ連携を容易にするため、1つのシステムにデータを集約する。社内横断的にデータを利用すれば、契約書と請求書の矛盾などもAIで発見できるようになる。TOKIUMのサービスでは「ITだけでなく、アウトソーシングによる人の力も組み合わせ、それぞれの会社に合わせたサービスを提供し、AI Readyな環境作り、業務効率の最大化を支援したい」(山崎氏)
■特別講演
「部分最適から全体最適の経営へ」
環境変化に迅速に対応し、企業価値を上げ続ける実践ROICマネジメント~企業価値向上に貢献する、経理・財務部門のあるべき姿とは?~

日本CFO協会理事
オムロン株式会社 元取締役執行役員専務 CFO兼グローバル戦略本部長
日戸 興史氏
元オムロン取締役専務執行役員CFO 兼 グローバル戦略本部長。1983年、立石電機(現オムロン)入社。エンジニア、技術企画を担当。1996年から4年間シリコンバレー駐在。2006年オムロンヘルスケア経営統括部長、2014年オムロン取締役執行役員常務、2017年CFO就任。2023年6月、退任。現在は、現在は、プライム上場企業3社の社外取締役、日本CFO協会理事を務めるとともに、これまで経験を活かして、要請があった企業の業績向上の取り組みや、経営者/CFOへのアドバイス、コンサルティングを行い、日本企業の発展をサポートし、よりよい社会の実現に貢献していきたいと考えている。
◎文中の図(式)は、3:13:00あたりのスライドから切り出したものです
オムロンのCFOとして、ROIC(投下資本率)マネジメントを推進した日戸興史氏は「AI時代の企業戦略はコモディティ化し、継続的な差異化が難しい。環境変化に対して、スピード感を持って継続的変革を実現するオペレーション能力こそが勝ち残りのカギになる」と語る。
企業価値の源泉は、ROICと資本コストの差なので、ROICの継続的改善が、持続的な企業価値向上に重要だ。その改善策の1つが、事業ポートフォリオ・マネジメントだ。高収益・高成長事業に投資を集中させるため、十分な投資ができない事業はベストパートナーへ譲渡する。2010年代、オムロンは、制御機器、ヘルスケア、社会システム、電子部品の主要4カンパニー以外の事業のほとんどを売却した。一方で、日戸氏退任後の23年度にオムロンの業績が悪化したことについて「好調だった制御機器事業の変革を先送りしていたことを反省している。成功は長続きしない。継続的変革が重要というのが学びだ」(日戸氏)。
◎全体最適化されたオペレーションが競争力のカギ
各事業のROIC向上は、事業を60のセグメントに分け、それぞれ収益構造改善を図った。ROICは次の式の5要素に分解できる。

5要素のうち、競争力とオペレーションの強さにつながる、(1)売上総利益率と(2)在庫回転率向上の取り組みを優先。「売上総利益率を最重視し、売れる商品へのシフト、コストダウンを徹底した」(日戸氏)
事業構造改善のオペレーションでは、全体最適がカギになる。各部門が行う部分最適化された改善策は、部門間でコンフリクトを起こしやすいからだ。また、部分最適な組織は、部門間の整合性や連結の不足により、全社的に見ると、業務にムダな待ち時間・調整時間を生じさせる。全体最適化されたオペレーションのため、オムロンは、企業理念・ビジョンを求心力に共感を集め、経営会議のメンバーには、部門の主張よりも、一枚岩の経営チームであることを優先するように要求した。
「全体最適化を実現すれば、圧倒的な競争力になる。経理などのFP&A部門は、指標の設定、タイムリーなモニタリングとフィードバックで経営者を支え、変革のリード役になってほしい」と訴えた。
2026年3月16日(月) ブリーゼプラザにて開催
source : 文藝春秋 メディア事業局

