
〇開催趣旨
賃上げ率の回復や物価高対応など、一定の成果が可視化された近年の春闘。しかしその一方で、交渉結果を「現場の納得」や「組織の一体感」へと転換できている労働組合は決して多くありません。春闘後こそ、労働組合の真価が問われています。賃金・制度を勝ち取る組織から、職場の声を束ね、未来の働き方を構想し、経営とともに持続的成長を支える存在へ――いま労働組合には役割の再定義が迫られています。
2026年を見据えると、人材不足の常態化、若年層の組合離れ、価値観の多様化、生成AIの浸透など、組合を取り巻く環境はさらに複雑化します。従来型の動員モデルや一方向の情報伝達では、組合の存在意義そのものが問われかねません。これからの労働組合には、要求実現型から共創型への進化、形式的な協議から実質的な対話への転換、そして「伝える」から「つながる」コミュニケーションへの高度化が求められています。
本企画では、春闘後の労働組合の実態と課題を起点に、2026年に向けた組合のあるべき姿を多角的に整理します。あわせて、労使コミュニケーションの質をどう高めるのか、デジタルツールやデータ活用をいかに組合活動に組み込み、組合員との接点を再設計していくのかを具体的に掘り下げます。さらに、若手層に支持される組織づくり、参加型の仕組みづくり、現場の声を経営に届ける新しい回路の構築など、実践的なアプローチにも踏み込みます。
労働組合は、単なる交渉主体ではなく、職場のエンゲージメントを高め、企業価値の向上にも寄与する“共創のハブ”となり得る存在です。本カンファレンスでは、労働組合の存在意義を改めて問い直し、対話とデジタルを武器に進化する次世代型労働組合の姿を描き出した。
■基調講演
労働組合の成果と課題

東京大学名誉教授
中村 圭介氏
1952年生まれ。東京大学卒。東京大学教授、法政大学大学院連帯社会インスティチュート教授を歴任。博士(経済学)。主な著書に、『労働組合は本当に役に立っているのか』(総合労働研究所、1988年)、『衰退か再生か:労働組合活性化への道』(勁草書房、2005年)、『地域を繋ぐ』(2010年)、『壁を壊す-非正規を仲間に』(2018年)、『地域から変える-地域労働運動への期待』(2021年)、『企業再編と労働組合』(2023年、以上、教育文化協会)、『連帯社会と労働組合』(2025年、旬報社)
労働組合の役割は労働諸条件の維持向上と、産業民主主義の確保(メンバーたちに発言の機会を与え、実現させる)である。ただし環境変化とともに、二つの役割の果たし方は変化する。
まず労働諸条件の向上について。労働組合によって、所定内労働時間は-5.3%、退職金額は+25.2%を実現し、賃金上昇にも効果があったという調査結果がある。労働組合は“効果”を発揮しているのだ。
労働時間に関して言えば、2018年から労働時間が減りつつある。有給休暇の取得率も上がってきている。昨今、労働時間を再び長くしようとする動きがあるが、先進諸国と比べると日本の労働時間はまだまだ長い(韓国はさらに長い)。ワーク・ライフ・バランス確保や男女雇用機会均等にも長時間労働は反する。労働組合は組合員個人の実労働時間の定期的なチェックと休日増という課題に取り組まなければならない。
組合のある大企業は定期昇給があるため、20年間、実は賃金は2~3%毎年上昇している。しかし、組合のない中小企業はあまり賃金が上がらない。この4年間、復活してきた春闘をさらに活性化させることが、社会全体のためにはよいと考える。また、時間あたり生産性は米独仏同様日本も上がっているのに、時間あたり実質賃金は日本のみが停滞している(河野龍太郎氏と、自分が調べたデータ)。日本のGDPに匹敵する600兆円もの内部留保が積み上がったのは、経営側だけではなくユニオンリーダーにも責任の一端があると考える。労働組合はさらなる大幅賃上げを目指すべきだ。
次に、産業民主主義の確保について。労働組合があると離職率は低下するという調査結果が複数ある。多様化する組合員が(集団で力を持って)発言でき、辞めなくてすむ職場作りに労働組合は寄与しなければならない。離職率が下がるということは、教育や募集のコストが抑えられ、生産性が維持され上昇するということでもある。
組合は非正規労働者の組織化にも取り組まなければならない。組織率や組合員の人数の減少で、集団的メカニズムが十分には機能しなくなってきた。過半数代表者としての地位のゆらぎもある。立場の弱いパートタイマーを助けるというより、危機にある組合を立て直し発言権を維持向上するために、パートタイマーに組合に加入してもらう必要がある。
正規労働者は自らの危機を認知して、非正規労働者の組織化に乗り出すべきだ。
昨今、会社経営のコアとなる女性組合員や意識の多様化した男女の若年組合員の増加がある。彼女、彼らに輪番でもよいので非専従の職場委員を担ってもらい、同僚の声を拾ってきてもらうようにしたい。もちろん、組合業務の整理やコミュニケーション・ツールの革新などで非専従役員の負担を緩和することも大切だ。コミュニケーション力、企画力、指導力などが若いうちにつき、仕事に役立つ能力が涵養される組合での経験の魅力を組合員に伝達・宣伝することも必要だろう。専従の組合役員は、非専従の彼女、彼らの仕事をいかにバックアップするかに心を砕くべきだ。
今まで述べてきたことを実行することで、産業の民主化、発言権の確保ができる。
■スペシャルトークセッション
なぜマルイグループユニオンは「組合自身の働き方」を変えるのか?
組合員の「自律」が支える、強い組織の作り方

マルイグループユニオン
中央副執行委員長
武田 直子氏
2007年新卒で(株)丸井グループに入社。販売、バイヤー、人事部門、IT部門と同社の特徴である「職種変更異動」を経験したのち、2018年より組合専従者として従事し、22年より現職。現在は組織政策や広報の責任者として、組合員の“しあわせ”と組合・会社へのエンゲージメント向上を図るため、組合への参画実感の醸成を軸に、活動の自由度・多様性を推進。

株式会社ヤプリ
UNITE推進室 室長
古屋 陽介氏
独立系SIerにてSEとしてキャリアをスタート。2011年に(株)オプトへ入社。ジョイントベンチャーにて、広告配信プラットフォーム事業の立ち上げやアライアンス先との協業事業推進などに従事。20年に(株)ヤプリへ入社。アプリプラットフォーム「Yappli」のプロダクトオーナーを務めた後、「UNITE by Yappli」の事業責任者を務める。
古屋氏が冒頭で挨拶。「弊社は『デジタルを簡単に、社会を便利に mobile tech for all』というミッションを掲げ、ノーコードのアプリ開発プラットフォームYappliを展開している。組織の“壁”を超えて、社員の“心”をつなぐ社内エンゲージメントアプリが“UNITE by Yappli”。本日登壇いただくマルイグループユニオン様にも導入いただいている。本日は 1 共創 2 自律 3 組織 4 これから、の4つのテーマに沿って語る」
武田氏は丸井グループおよびマルイグループユニオン(MGU)の活動について語った。以下は武田氏の説明抄録。
「丸井グループでは、正社員は全員がホールディングスに入社し、同一の人事・賃金制度でグループ会社に出向する。どの会社にいても共通する5つのプラットフォームがあり、それは人事・賃金制度/労働時間/福利厚生制度/健康保険組合/労働組合、である」
「マルイグループユニオンは、2002年より丸井グループ唯一の労働組合として運営されている。組合員は約5400名で組織率は84.5%だ。労働組合専従の中央執行委員は11名いる(自分もその一人)。会社側が、社員も含めた“6ステークホルダー経営”を推進する環境にあり、会社と「戦う」組合から、会社と「創る」組合に変貌を遂げた。人的資本経営の時代でもあり、組合は「要求」から「提案」そして「共創」に舵を切っている」
「経営を理解することが、共創の出発点だ。MGUはお互いのことを尊重し理解したうえで同じ未来(目標)を目指して、組合員一人ひとりの人生や会社・社会をより良くするために経営と“一緒につくっていく”」
「具体的な共創の例では、春闘を『春の話し合い』と呼び、会社と組合や組合員同士で納得解を構築するために対話する場として位置づけている。春の話し合いでは、すぐに制度になるもの(実)だけでなく、中長期で考える必要があるもの(種)も取り上げる。自分以外にも視野を拡げて考える。でも誰かに・何かに依存しないこと。それが、いち社会人としての“自律”と“主体性”だ」
「共創できる組合員とは“自律した社会人”である。MGUの組織目的(最上位概念)にも『助け合い、持続可能な社会の実現、労働条件の維持改善、グループの企業価値向上の4つの目的の重なりの拡大を通じて、どのような社会でも通用する“良き社会人づくり”を推進する』とある。
「MGUでは社内にいるキャリアコンサルティングの有資格者に協力を仰ぎ、上司や同僚ではない社内の仲間との1on1を通して今後のキャリアにつながる気づきを得る、『ナナメの1on1』を実施している。言語化することで自分のwillを見つけ、どう生きていくか考えるきっかけをつくっている。また、一人ひとりが社会や地域、未来に関心を持ち行動につなげるために、『社会課題体感ツアー』も実施している」
「10年前、会社とユニオンの間には価値観やワークスタイルに大きな違いがあった。ユニオンには昭和的な“無限定”戦士が多々いた。組合組織では本人意思に基づく立候補による役員選出が基本だ。そこで、MGUは下記の5項目に取り組んだ」

「中央執行委員(専従)の女性比率を5割にし、支部の意思決定層である支部委員長・副委員長(非専従)の女性比率を意識的に向上させた。中央執行委員会の終了時間を段階的に短縮(現在は15時)し、会議のゴールと目的を明確化した上で、Webとリアルを有効活用した。短時間勤務者も参加できる時間設定の会議を増やし、また、会議の資料を事前送付して説明時間を効率化した。その結果、多様な属性の組合役員の参画が可能になった」
「期初に年間のスケジュールを決め、連続休暇(年休)取得のための会議未設定期間を設定。どうしても遅い時間に業務が発生する際は、事前に打診・確認し、家庭の調整期間を確保した。テレワークの際は、自身の生産性とWell-beingの向上に合わせた時間帯で勤務している。デジタルとリアルのコミュニケーション特性と内容を見極め、使い分けている。紙資料削減、仕事の見える化などDXも推進している」
「労働組合から、多様性を。SHISEIDO UNIONと共同で“UNION DIVERSITY PROJECT”を推進している。組合が『なくてはならない存在』であるために、MGUは組合員の誰もが自由に集えて発信できる、多様で自由な活動を推進していきたい。皆さんの会社でもまず、組合の役員が組合員と同じような人員構成・比率になっているかをチェックしてみてほしい。そうなっていない場合は、どこかに無理が生じている可能性が高い」
■特別講演
労働組合結成がもたらした“共創的コミュニティ”
――新潟国際情報大学の場合

新潟国際情報大学 国際学部教授
新潟国際情報大学 教職員労働組合 元執行委員長
佐々木 寛氏
新潟国際情報大学国際学部教授。専門は、現代政治理論。特に、地域主権(ミュニシパリズム)に基づく「エネルギー・デモクラシー」の可能性について、理論的・実践的な探求を進める。市民による再生可能エネルギー事業を行う「おらってにいがた市民エネルギー協議会」代表理事も務める。2021年10月に労働組合を結成し、執行委員長を務めた。
1993年創立・94年開学の本校(NUIS)は2学部(国際学部・経営情報学部)3学科で学生数が約1300~1400 人、専任教員数約40名、事務職員約40名の小規模な大学だ。過去、学内には上意下達の文化に起因する組織的な断絶、分断や不信の構造も否定できなかった。出自の異なる2学部の教員たちも肌合いが合うとは言えなかった。
しかしある問題をめぐり、法人側(理事長・学長)と教員側との対立が先鋭化したことで、危機感を覚えた教員側に横の連帯感が生まれ、教員間対話も促進された。そして徐々に「共創的コミュニティ」が形成された。対立から対話へと至った背景は以下の5つ。
・カリキュラムや人事に法人は不介入だった=教授会の自治・自立性の維持
・Face to Face集団(小集団)であった=自己効力感とコミュニティ形成の容易さ
・公募人事+外部評価の進捗によって、両学部文化の共通性が高まった
・学部教員による危機感の共有
・両学部長(リーダー)による密なコミュニケーションとファシリテーション
さらに労働組合の設立によって、メリハリのある対話と交渉の労使関係へと変わった。両学部の相互理解や意思疎通が進み、事務職員も含めた組織的融合が進んだ。理事長との交渉においても、学部長として交渉していた時代より組合委員長としての交渉のほうがより対等性が高まり、その結果、立場は異なるものの、大学への愛情や想いなども相互に確認できるようになり、信頼関係も生まれた。

労働組合には広範な機能がある。賃金交渉の他に、例えば一般的労働条件の改善や政策提言、構成員にとってのセーフティーネットやコミュニティ形成(信頼醸成)など。
労使コミュニケーションの理想のカタチは以下の条件を要する。
・コミュニケーションと意思決定は、トップダウンからボトムアップ(現場主義)へ。組織の上司はファシリテーション(民主的リーダーシップ)を学ぶ必要がある。
・法人(経営者)は、情報をガラス張りにして、危機や問題を構成員と共有し、共に解決策を見いだす習慣を身につける。
・構成員は、ぶら下がりのシステム依存意識から脱し、社会に責任を負う自分の組織としての自負をもつ。
組織の構成員はすべて、共創・創発の技術(わざ)としてのファシリテーションを身につけることが肝要。その学問的源流は、主として社会心理学、教育学、経営学の三つに分類できる。本校では学生がファシリテーション技術を学ぶ授業がある。学校としても教育/研究の目玉にしようとも考えている。創発的に紛争をコントロールする技術や「非暴力トレーニング」を広く学べる先端大学を目指したい。
労働組合には「今だけ、カネだけ、自分だけ」の荒んだ風潮を変革する役割がある。例えば、自分たち正規雇用教員の労働条件の改善のみならず、非常勤講師や非常勤職員との連帯も必要である。大学は地域社会に望ましい社会の範を示す役割もある。NUIS労働組合の課題は、未だに事務職員の加入率が低くその地位改善などが果たされていないことである。今後も「共創的コミュニティ」としての大学を目指し、労使が同じ目線で協力し合う理想の大学を実現したい。
2026年4月22日(水) 会場対面及びオンラインLIVE配信でのハイブリッド開催
source : 文藝春秋 メディア事業局

