20世紀の科学の最大のパラダイム転換のひとつが、進化論で起きたことは疑いない。DNAの二重らせんの謎が解かれ、生き物の生存・生殖戦略がアルゴリズムとして記述できるようになったことで、生物学は根本的に書き換えられた。
これを人間に拡張すると、私たちのよろこびやかなしみ、愛や憎悪も「利己的な遺伝子」が自己の複製を最大化するための戦略になる。こうして1970年代後半に、アメリカで「社会生物学論争」が勃発した。
ところが日本のアカデミズムは、この重大な出来事を無視してきた。私はずっとそれを不思議に思っていたが、「激動の時代」の渦中にいた著者による『利己的遺伝子の小革命』でようやく積年の疑問が解けた。戦後日本ではルイセンコ流の「進歩的進化論」と今西錦司の「国民的進化論」の支配がつづき、「黒船=科学」を受容するのが遅れたのだという。
天皇にはなぜ戸籍がないのか? その理由は、戸籍が「臣民簿」であるからだ。その結果、戸籍のない皇族には基本的人権もなくなってしまった。近代的な市民社会と、「統治者/臣民」という律令制以来の制度が共存できるのかという重大な疑問を『天皇と戸籍』は提起している。
『「差別はいけない」とみんないうけれど。』は、気鋭の若手批評家が「ポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)」を論じた野心作。差別をめぐる混乱の背景には、「自由主義」と「民主主義」の衝突があるという。
香港に行くと、重慶大厦(チョンキンマンション)によくカレーを食べに行く(ここがいちばん美味い)。そこで見かけるアフリカ系の商人たちがどうやって生計を立てているか疑問だったのだが、これは『チョンキンマンションのボスは知っている』が教えてくれた。贈与と信用、評判で回る彼らの人生戦略が興味深い。
『ラディカルズ』では、イギリスのジャーナリストが、極右から不死の追求まで“過激”な活動に身を投じる者たち(ほぼ全員が欧米白人)を訪ねる。常軌を逸しているかに見える彼ら/彼女たちこそが、社会の限界を拡張しているのだという。
リチャード・ドーキンスは文化もまた「進化」するとしてミームという造語をつくったが、『ソーシャルメディアの生態系』はインターネット(SNS)も一種の生態系だという。生き物が自然淘汰によって進化していくように、いまや人間はソーシャルメディアの淘汰圧のなかで新しい生命体へと「進化」していくのだ。
そのソーシャルメディアでは、罵詈雑言や偏狭な意見が跋扈し、社会を分断させているように見える。それに対してファクト(事実)の重要性が強調されるが、『事実はなぜ人の意見を変えられないのか』で著者は、論理によって他人を説得することはできないという。ひとは「正しさ」ではなく快感を求めているのだ。
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source : 文藝春秋 2020年2月号