はたして競馬の魅力とは何なのか。競馬場へ足を向けたことのない人間の疑問に、『ザ・ロイヤルファミリー』の語り手は鮮やかな答えをくれる。〈競馬における一番の魅力は「継承」です。馬の血の、ジョッキーの思いの、そして馬主の夢の継承に他なりません。〉
本書はまさにその「継承」を描いた長編小説だ。語り手である主人公は元税理士の栗須栄治。ひょんなことから競馬の世界に足を踏み入れた彼は、馬主である企業社長の専属マネージャーとして馬一色の日々を送ることになる。馬主、牧場、調教師、ジョッキー。新参者である栗須をとりまく人々はみな筋金入りの馬バカで、各自それぞれの夢や事情を内に秘めている。その人間たちが織りなすドラマに、物言わぬ馬たちのドラマが重なる。期待薄だった遅咲きの馬がGIを制したり、2億で落札された馬が何の活躍もせずに終わったり、気性の荒い馬がよもやの方法で落ちついたり――競馬に疎い人間にとっては「そんなのアリ?」の連続で、予測のつかない未知なる世界へぐいぐい引きこまれていく。
圧巻は幾度か登場するレースの場面だ。数多の物語を背負って走る馬たちの激闘を、丹念に、そして迫力たっぷりに活写する作者の筆は、テレビの実況中継にはない風景を観客たる読者の前に切り拓いてくれる。つまり、それが「継承」のスペクタクルだ。
〈(本文496頁より)爆発するような観客席の叫び声に、モノクロの世界がシャボン玉のように弾けました。〉
同じファミリーでも、イタリア人作家の手による小説『靴ひも』の家族は怖い。まず冒頭の〈第一の書〉は、不倫の末に家を出た夫へ妻が送った手紙のみで構成されている。なぜ家族を捨てたのかと妻は理詰めで夫を責めたて、執拗に説明を求め、自らの窮状を懇々と訴え、返事を寄こさない夫の翻意を促し、最終的には夫の人格を完全否定し、止めどない恨みつらみを並べたてる。夫でなくとも震えあがるほど凄まじい怨嗟のパレードだ。「ここまで言ったらおしまい」のラインを超えて妻は夫を攻撃し続ける。そこにあるのは完全に破綻した夫婦の像だ。
ところが、それから40年の時を挟んだ〈第二の書〉では一転し、70代を迎えたその2人(とおぼしき男女)が、いかにも普通の老夫婦然として一緒にヴァカンスへ出かけているのである。夫はいつ家に戻ったのか。2人は元の鞘に収まったのか。あれほど粉々に砕けた関係を修復することなど可能なのか――否。そんなわけはない。老夫婦の姿を追うほどに、2人の間に入った亀裂は亀裂のまま今も互いを隔てているのが見えてくる。
起こったことをなかったことにはできない。それをダメ押しするかのような〈第三の書〉もまた一段と恐ろしい。
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source : 文藝春秋 2020年3月号