アリストテレス『ニコマコス倫理学』(上)(下)

第31回

浜崎 洋介 文芸評論家

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幸福に生きる“技術”を説く古典

 米国の政治学者パトリック・J・デニーンは、現代アメリカを含め、グローバリズムに晒された先進諸国の荒廃の原因を、共同体から自由になった個人のエゴ(市場)の加速と、それを保護=管理するために肥大化した国家(法規)との不毛な関係(リベラリズム)に見ていた(『リベラリズムはなぜ失敗したのか』)。

 しかし、だからこそデニーンは、家族・地域・学校などの血の通った共同体(互酬)への梃入れと、そこに育つ「リベラル・アーツ」に期待するのだろう。

 では、その「リベラリズム」ならざる「リベラル・アーツ」とは何なのか?

 それを確かめるのに最も適しているのが、西欧世界の政治哲学の古典であり、また徳倫理学の嚆矢でもあるアリストテレスの『ニコマコス倫理学』である。

アリストテレス『ニコマコス倫理学』(上)(光文社古典新訳文庫)1650円(税込)

 本書のなかでアリストテレスが説くのは、共同体から脱け出るための自由や、あるいは、脱け出た後の道徳(カントの義務論や功利主義)ではなく、共同体の中で(、、、、、、)自由に生きていくための=幸福に生きていくための技術(アーツ)である。

 たとえば、人のなかには人格的な成熟の「種」が潜在しているが、その「種」を上手く伸ばすには、植物を育てるのと同じように、あるいは楽器に習熟するのと同じように毎日の習慣的な手入れがどうしても欠かせない。その習慣(エトス)のなかで人は、自分自身の「幸福」(エウダイモニア)を適切に見定める「人柄」(エーティケー)と、それを導くための「思慮深さ」を身につけるのだ。

 試行錯誤の経験が足りず、己を幸福に導く「人柄」が未熟な若者は、しばしば感情に流されて失敗する。が、鍛錬された大人は、適切な情操によって超過と不足との間にある「中間」を見抜き――たとえば、向こう見ずと、臆病の間にある「勇気」を見抜き――それを実践に移すことができる。かくして、〈卓越した技術=徳=アレテー〉を身につけた大人が、世界と他者との関係を調和に向けて調整することのできる成熟した「政治家」として現れることになるのだ。

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source : 文藝春秋 2026年10月号

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