『流れる』や『闘』などの作家幸田文(こうだあや)(1904―1990)の凜々しい文章は、明治の大文豪幸田露伴の血を受け継いだものであった。しかし、露伴は決して文章修業をさせたわけではなかった。そして、文の娘・青木玉もまた、文が亡くなってから随筆家の道を歩んでいる。文芸評論家・巖谷大四(いわやだいし)氏が解説する。
昭和22年(1947)7月30日、文豪幸田露伴が「じゃ、俺はもう死んじゃうよ」という言葉を残して、80歳の大往生を遂げた。その父の死を機に、娘の幸田文は雑誌社から依頼を受け、「雑記」「終焉」「葬送の記」といった文章を次々に書き綴った。
発表されるや、その清新直截な文体が世間の注目を集め、すぐれた文章家として認められることになる。それが、文学者幸田文の出発であった。44歳のときである。
幸田文は、明治37年(1904)9月1日、東京・向島に、父幸田成行(露伴)と母幾美子の次女として生まれた。6歳で母を失い、9歳のとき姉歌が死去し、その年新しい母八代子が来た。
明治44年、寺島小学校に入学した。幼くして母を亡くした文は、父露伴によって厳しく育てられた。
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source : 文藝春秋 1995年8月号

