「取材を始めたのは、2021年頃。当初は“第一次脱法ドラッグ・ブーム”が最高潮に達した2012年前後を振り返る予定でした。ただ、取材を進めると、撲滅されたはずの脱法ドラッグが形を変えて流通し、それどころか第二次ブームが起こりつつあったのです」
幾度となく規制の対象となりながら、名前や成分を徐々に変容させて社会に沁み込んでいき、今も“ブーム”の最中にある脱法ドラッグ。この“生命力”の源泉は何なのか。ライターの磯部涼さんが『脱法』で炙り出したのは、合法と違法を隔てる境界の曖昧さだ。

「『脱法ドラッグ』と聞くと、大半の人は自分とは縁遠いものだと考えます。でも、本当にそうなのか。ドラッグを“やる人”と“やらない人”との間には、実は明確な違いはありません」
一線を越えた先と、“普通”の暮らしとの境界の揺らぎ。ヤクザや売春、人種差別、ヒップホップが入り混じる川崎市川崎区の底流を歩いた『ルポ 川崎』、凶悪事件の犯人たちの素顔を辿る『令和元年のテロリズム』といった磯部さんの作品群に通底するテーマだ。
「ドラッグをテーマにした作品は、薬物は良くない、使用者は悪人だ、とハナから決めつけ、遥か遠い世界の出来事のように書かれることが多い。でも、たとえば2010年代前半の脱法ドラッグは、違法のそれと効果は同等なのに、街中やインターネットで誰でも簡単に買えた。あるいは高度数のアルコール飲料や、市販薬のオーバードーズも法に触れない快楽という点で脱法ドラッグと、なんら変わりありません。社会学者の開沼博さんが書かれたように、現代社会は何事も白黒をハッキリさせようとします。だからこそ、人々はふとした瞬間に曖昧なグレーに吸い寄せられる。脱法ドラッグは、手を伸ばしたら届くような、私たちの生活と地続きの存在なのです」

殊更、危険性を煽ることなく、かと言って礼賛もしない。予断に惑わされない冷静な筆致が貫かれ、いつしか足下の世界がグニャリと歪む感覚に陥る。
「規制側が名称を『危険ドラッグ』と変えても『脱法ドラッグ』と呼ばれるのは、そこに哲学的なイメージを見出すからだと思います。文化のイノベーションは法の抜け道を探す工夫から生まれる側面もある。規制があるからこそ脱法がある。表裏一体なのです。人類の歴史上、快楽目的のドラッグはなくなったことがなく、一方で今後、規制がなくなることもない。ならば、脱法ドラッグは私たちの傍らで生き続けるでしょうね」
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