政権発足から1年。サナエノミクスは円安、物価高騰、金利上昇に対処できるのか。
高市早苗首相は、看板政策として「責任ある積極財政」を掲げ、9月の内閣改造でも改めて、その推進を明言した。一方、10年国債の利回りが9月1日以降立て続けに3%超えを記録し、30年ぶりの高水準が続いている。急速に進むインフレを抑えるため、日銀は政策金利を1.25%に引き上げることを決定した。
円安、物価高騰、金利高の局面において、高市政権はインフレ、金利上昇をコントロールできるのか。“ヘッジファンドのサムライ”の異名を持つファンドマネージャーの塚口直史氏と、経済学者で東京大学名誉教授の渡辺努氏が、今後の展望を語り合った。
塚口 長期金利(10年債)が30年ぶりに3%となって話題ですが、機関投資家は20年国債にも注目していて、昨年末に約2.9%だったのが、今は4%弱です。超長期債金利と長期債金利の関係では、10年後の10年金利が内含されており(フォワード金利)、この場合でいえば、4.6%程度となります。このフォワード金利をみたとき、10年後の長期金利の水準について昨年末時点で市場では4%弱を織り込んでいたことを考えれば、金利上昇自体には驚きはありませんでした。ただ、その金利上昇のスピードには驚きました。これは高市政権のリフレ政策に対する市場の懸念が現れていると言っていいでしょう。
渡辺 高市政権誕生から1年がたとうとしていますが、予想よりもインフレ率の上昇が顕著です。私は当初、積極財政が直接的にインフレを加速させるとは考えていませんでした。ところが、外部環境の変化でインフレが加速し、今の局面では、積極財政が行き過ぎたインフレを生じさせてしまうリスクのほうが大きくなってきました。
塚口 予想外の変化で最大の出来事は、イラン戦争の勃発です。ホルムズ海峡の封鎖に伴い、中東からの原油供給が途絶え、世界的に燃料価格が急騰しました。日本はあらゆるものを輸入に頼っていますから、当然、インフレが進みます。
国内ではガソリン1リットルあたり170円程度に抑えるために補助金を出していますが、長く続ければ国庫が痛みます。それが懸念され金利上昇にもつながりました。
脱グローバル化によるインフレ
渡辺 ただ、攻撃直後に国際機関が予想したほどの大混乱にはならなかったと思います。ホルムズ海峡は封鎖されましたが、迂回路が確保できたことでショックが軽減されました。国内ではガソリンへの補助金効果もあり、多くの国民はイラン戦争による生活への悪影響をさほど実感していないのではないでしょうか。
塚口 通常は、価格の変動が経済行動に影響を与えます。しかし、補助金で燃料価格が据え置かれたために、日本では世界的なインフレに気付くのが遅れたとも言えますね。
私はキプロスを拠点にしていますが、この国のタンカー等の船籍登録数は増える一方です。インフレになればなるほど、船会社は、より安いもの、より多くのものを運ぼうとするからです。2020年からのコロナ禍に始まり、ウクライナ戦争、イラン戦争が続く中で、世界が分断され始め、物資の輸送距離が延びざるを得なくなっています。しかしながら昨今は、造船しようにも造船ドックは数年先まで注文で満杯。輸送船の数を増やして対応する方法が機能しなくなり始め、世界的なインフレが次第に進んできました。
渡辺 1980年代半ばから2000年代初頭までのグローバル化が加速した時期は、世界的に物価や賃金が上がらない状況が続きました。なぜなら、先進国企業が中国やベトナムなどに進出して、安価で良質な労働力で生産していたからです。しかし、ブレグジットや、トランプ米大統領の再選などで国際環境が次第に悪化し、先進国企業の現地撤退など、脱グローバル化が進んできた。すると、物価と賃金が上昇し始めたわけです。こうした世界的な変化が2022年以降、日本にも入ってきつつあります。
塚口 日本は貿易立国ですから、基本的に海外の影響を大きく受けます。輸入品の価格が上がったため、国内の物価全体が上昇する「輸入インフレ」になりました。その状況で日本の金利が投資家にとって相対的に見合わない低いレベルに抑えられていたので、円売りが続きました。
7月末に日米で協調介入をして1ドル=157円台となり、9月上旬に152円台まで戻しましたが、そもそもドル円のボラティリティ(価格変動割合)は、統計的に年間8%ほど。介入前の6月末の163円を基準にすると、上限が156円になる計算です。いわば自然体での円高の姿で156円なのですから、本当に介入すべき為替水準だったのか疑問です。
驚きだった日米協調介入
渡辺 アメリカが為替介入したこと自体が、私は驚きでした。というのも、アメリカは財務当局も、経済学界も、そもそも為替介入は意味がないと否定的だからです。10年前にアメリカの学会で為替介入の効果について発表すると、「いつまでそんな研究をしているんだ?」と言われたほどです。
塚口 むしろアメリカ側が介入の必要性を感じたのだと思います。スワップ取引市場では、円を担保にドルを借りたり、ドルを担保に円を借りたりしています。円の価値がこれ以上低く(円安に)なると、米銀は円を担保にしたクレジットラインを絞り始めます。すると追加担保の要求に応じられない投機筋が、ドルを売るなどして円キャリートレードを解消し、急激な円高と世界的な株価暴落につながる可能性がある。ベッセント米財務長官はヘッジファンド出身ですから、それを懸念していた可能性は十分考えられます。
渡辺 為替介入の効果を信じていないのに、アメリカが踏み切った理由は、米国債が売られることを恐れたからでしょう。米国債暴落のシナリオの中で最もあり得るのは、円安をきっかけに日本国債が暴落して、それに引きずられることです。だから、日本に配慮して介入したわけでは、まったくないと思います。
塚口 さらに8月、ベッセント長官は、片山さつき財務相や日銀の植田和男総裁と相次いで会談し、利上げを要請したと報じられています。日本の国家としての独立性を侵害する行為に驚きました。

渡辺 私も強い抵抗感を持ちました。昨年からベッセント長官が日銀の政策に対してメッセージを出し始めた頃、私は外圧によって日銀が利上げしやすくなるのも悪くないと考えていました。アメリカの投資家たちに、ベッセント長官がもっと圧力をかけてくれたらいいのに、と冗談めかして話したこともあります。でも、彼らは、「ベッセントといえども、他国の金融政策に口を出すのには慎重になる」と。それが今や、人の家の庭に乗り込んできた感じです。米国債への懸念から、自制心が効かなくなったのでしょう。
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