最強の酒のお供、もつ焼きはどんな時も〝大衆の味方〟です。コロナ禍が終息したら「まず酒場に行きたい」という吉田さん。自粛要請が明けたら必ず行きたいあの名店5つを特別に教えちゃいます。
飲食店にエールを
酒場詩人の吉田類です。新型コロナウイルスの影響で、酒場もまた大変な状況に陥っています。僕の馴染みの多くの店でも、客足が一段と途絶え、予約キャンセルが相次ぎました。夜の街は、どこも寂しくなってしまったようです。
吉田氏
2003年から続く、僕の冠番組「吉田類の酒場放浪記」(BS-TBS 毎週月曜21時〜)の収録は、繁華街を避けるなどして続けています。しかし収録現場でもあまり他のお客と会話することができなかったり、葦いに来てくれたファンやお店の方と握手することもできないなど、窮屈な状態が続いています。2月に故郷の高知県で酒宴パーティーをやった時は返杯は禁止。今となって考えると、あれはイベントが開けるギリギリのタイミングでした。
僕に限らずみなさん、自粛疲れでストレスが溜まっているように感じます。呑兵衛仲間からも、酒場で呑めないなら外でバーベキューをやろうとかいろんな話がありましたが、結局すべて延期しました。ですから、いま僕は4半世紀以上続けてきた酒場での一人呑みは少しお休みして、自宅のアトリエで、飼っている猫と「家呑み」をしています。故郷・高知の銘酒なら、最近人気の「南」をはじめ種々の銘柄もあるし、これはこれで楽しいのですが、近くの公園に咲く満開の桜を窓越しに眺めながら呑んでいると、「あの立ち呑み屋で桜を見ながら、1杯やりたかったな」といった思いも募ってきます。
2011年の東日本大震災の後、自粛ムードと福島県産の食べ物への風評被害が広がったのを覚えている方も多いと思います。僕はあの時、自粛はせずにむしろ福島のお酒を呑み、特産品を食べて、福島を応援しようという呼びかけを行いました。これには多くの賛同をいただいて、その年の5月には大きなイベントも開くことができ、「呑むことで応援しよう」が僕ら呑み仲間の合言葉でした。今も続けています。
今回もピンチに陥っている酒場を元気づけたいという思いがあります。しかし相手は目に見えないウイルス。「こんな時こそ呑みに行こう」とも言えません。
ただ、このコロナ禍もいつかは終息に向かうでしょう。その時は、まず一番に僕は酒場に行きたい。「大変だったねえ」と言いながら活気を取り戻したお店で酒を呑めたら、これ以上の喜びはありません。
今日はそんな時がいち早く来ることを願って、コロナ禍が明けたら真っ先に行きたい「一人呑みに最適なもつ焼きのお店」を紹介したいと思います。少しフライング気味かもしれませんが、こうした話をすることでわずかでも飲食店にエールを送れたらと思っています。
★1軒目
戦後、中野の闇市から発展。もつ焼きの「原点」を味わう。『新宿3丁目 日本再生酒場 い志井』
☎03-3354-4829
恐らくもつ焼きと聞いて、「えっ、もつ?」と抵抗を覚える方も多いかもしれません。
今でこそ全国区になりつつありますが、豚の臓物を焼く「もつ焼き・やきとん」文化は関東を中心に発達してきたもので、関西にはあまり馴染みがないものです。かくいう僕も高知出身で、20代前半に東京に来て、初めてもつ焼きを勧められた時は「食べても大丈夫か?」と驚きました。しかし一口食べたら本当に美味しくて。己の偏見を恥じました。
関東では、終戦直後の物資が不足していた時期からずっと、もつ焼きは「大衆の味方」でした。貴重なたんぱく源であると同時にとにかく安くて、焼酎系の安価なお酒とも非常に相性がいい。当時は日本酒もビールも値段が高くて、庶民が気軽に呑めるお酒ではありませんでした。
「い志井」はそんな「東京もつ焼き文化」の元祖を受け継ぐお店です。本店は調布にありますが、新宿3丁目店も歴史を感じさせます。
昭和25年に先代(初代)の石井芳彦さんが東京都中野で出した屋台から始まり、その後中野で8坪の、小さいけれど、とても熱気のあるお店を開いたのが原点だと聞いています。当時の話を調布の本店でうかがったのは二代目からだったと思います。
もつ焼きを提供するお店は戦前からありましたが、メジャーではなかった。戦後、米軍が食用にしていた肉類の余った部分を東中野の精肉店が仕入れ、中野駅前の闇市で焼いて売ったところ大ヒットしました。
ミカン箱にポンポン代金が放り込まれるのを見て、「これは当たる!」と、もつ焼きの屋台を始め、大もうけした人がたくさん出た。こうしてあちこちの闇市でもつ焼きの屋台が広まり、もつ焼きは庶民の味方になったようです。中野の戦後を写した写真集にも同様のキャプションがありました。
新宿3丁目店はそんな屋台の雰囲気を再現した立ち呑みのお店です。ここではやはり盛り合わせ(5本盛り1000円〜)を頼みたいですね。肉の旨みが最高です。
調布の本店には日本酒に詳しいスタッフがいて、もつに合う日本酒を勧めてくれます。
昨年訪れた時は佐賀県の美味しい日本酒が置いてありました。九州というと焼酎文化が盛んなイメージがあるかもしれませんが、佐賀には美味しい日本酒もたくさんあって、海外で高い評価を得ている清酒の蔵元もあります。若い人たちが中心になってブランドを高めるために品質管理をきっちり行っている。この点は全国新酒鑑評会で7年連続で最多の金賞を受賞している福島県の酒にも言えることです。こちらも若い経営者が中心となって、世界で通用する酒造りに励んでいます。
日本酒は土地や水の種類によって味が全く違います。僕の故郷の高知のお酒は俗に男酒と言われるように、カッとくる辛口だけど淡麗で呑みやすく、食がどんどん進む。もつだけでなく全国の様々な日本酒を味わえるのも調布にあるもつやき処「い志井」本店の魅力です。
★2軒目
季節の移ろいを肴に至高の立ち呑み酒場。/『いせや総本店』(吉祥寺)
☎0422-47-1008
「いせや」は昭和3年、元々精肉業者として創業。吉祥寺駅を降りて、すぐに総本店があり、昼間からお客さんでごった返す超人気店です。
僕も若い時から足繁く通い、「酒場放浪記」の記念すべき第1回目は、この店で収録させてもらいました。伝説的フォークシンガー高田渡さんが常連で、収録の日も店に来ていて、カメラに客として映り込んでしまったのが今ではいい思い出です。当時のプロデューサーが高田さんに気付かなかったんです(笑)。
僕は昔、吉祥寺の近くに住んでいたので、よく井の頭公園内にあるカフェで原稿を書き、その帰り道に公園入り口横にある「公園店」に寄って呑んでいました。
公園店では、春は桜、秋は紅葉と季節感を味わいながら呑めるのがよかった。お酒を呑むのはそういう「束の間の贅沢」を味わうことでもあります。どんなに仕事が忙しくても、酒を呑んだら切り替えて、異界に惑うとでも、いいますかね。
僕はいせや総本店の立ち呑みスペースのように、通りに面したオープンエアなところが好きなんです。あちこち呑み歩くときもそういう開放感のある店に惹かれます。ヨーロッパのカフェもそんな雰囲気でしょう。店先にテーブルと椅子を並べて、街の空気を感じながら酒を呑むことができる。
開放感と言えば、僕は昔から登山が好きで、1番の楽しみは山の上で酒を呑む「山呑み」なんです。例えば北海道最高峰の旭岳(標高2291m)では、雪に穴を掘り、そこにテントを張ります。そして、雪でお湯を沸かしてウイスキーのお湯割をひとり静かに呑む。体の芯から温まります。さらにテントの中から見えるのは雲ひとつない満天の星だけ。もう宇宙船に乗っているのと同じ感覚で、最高なんです。
井伏鱒二を目指したい
僕が「いせや」に行くときは大体明るいうちから行って、まず焼き鳥一式(単品90円〜)と酎ハイを注文します。鮮度抜群の肉を高級品の備長炭で焼くのもこの店のこだわりで、ひと口ほおばれば、その旨みが口の中にジュワジュワーッと広がっていきます。
この店はもとが精肉店なので、自家製シューマイ(360円)などもつ焼き以外の料理もおいしく、種類も豊富です。大人の駄菓子屋感覚というべきか、いろいろ遊び心を刺激されます。
ちなみに僕は今もついつい「焼き鳥」と呼んでしまいましたけど、これは今風に言うと「やきとん」のことですね。僕らの世代は焼き鳥=やきとん。しかしこれもよく考えたら時代性を感じます。北海道でも、焼きとりといったら、鶏と豚を指すそうですが、まあ豚でも鶏でも、おいしければどっちでもいいですよね。
「いせや」で1杯やった後は、2軒目、3軒目へはしご酒です。昔は最高で14軒回ったこともあるけれど、今はせいぜい3、4軒です。
「いせや」のある吉祥寺など中央線沿線には古くから多くの文人が住み、独特の飲酒文化が根付いています。
井伏鱒二
例えば太宰治は三鷹、その先生の井伏鱒二は荻窪に住んでいましたけど、彼らが通った店というのが、沿線沿いにまだ何軒か残っていて、ふらっと立ち寄った酒場で、「そこは井伏さんがよく座っていた席ですよ」と店主から声をかけられたりすることもありました。
井伏鱒二は95歳で亡くなりましたが、90を過ぎても新宿で朝まで呑んで、全く乱れなかったといいます。立派ですよね。僕も井伏鱒二を目指したいなあ。僕が先達と仰ぐ大町桂月、種田山頭火、若山牧水らの酒呑み詩人たちはみな若くして亡くなりましたからね。
★3軒目
サラリーマンの聖地で日本一のシロを堪能。/『野焼』(新橋)
☎03-3591-2967
美味しいもつ焼き屋さんを紹介するつもりが、少し話が飛んでしまいました(笑)。ここらで、僕が日本一美味しいと思う「シロ」を出す店を紹介しましょう。
「野焼」は新橋のSL広場から入ってすぐのところにあるお店です。以前は、店の入り口脇が立ち呑みスペースになっていたのですが、今は東京五輪のための規制で、立ち呑みができなくなっています。
仕込み段階で出たもつを使った「自家製煮込み」も人気ですが、ここではとにかくシロ(110円)を食べてほしい。豚の大腸の部位ですが、とにかくおススメです。もちもちっとしているんだけど、歯ごたえに全く嫌みがないんです。
それとこの店ではおつまみや串の野菜もすべて自家製で、僕が頂いた時は無農薬のものでした。そういう細やかな気遣いも僕は好きですね。
新橋も近年は再開発が進んでずいぶん様変わりしましたけど、昭和51年創業の「野焼」はあまり変わっていないような気がします。僕の知る当時の店構えは、シンプルでラフな大衆酒場そのものって感じでした。今でも、飾りっ気がないところは変わらないと思います。しかし見かけと違って、味は繊細で意外性があります。
以前、熊本の酒イベントでこの話をしたら、わざわざ「野焼」のシロを食べるためだけに上京してきた強者がいました。「いやー、おいしかった」と満足して帰ったそうですが、ずいぶん遠くから来たものですよね。
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source : 文藝春秋 2020年5月号