ノンフィクション作家・石井妙子氏の『女帝 小池百合子』が大きな反響を呼んでいる。同書が明らかにしたのは、小池百合子東京都知事の“知られざる経歴”だ。小池氏は、「希望の党」が不発に終わった後、沈黙を貫いていた。コロナ禍で不死鳥の如くよみがえった陰で、いったい何をしていたのか。石井氏がその内幕をレポートする。
石井氏
政治的な駆け引き
コロナ禍で東京都知事、小池百合子の存在感が再び増している。
「都知事が決断力のない首相を説得して緊急事態宣言を出させ東京を危機から救った」、「国よりも矢継ぎ早に政策を打ち出しリーダーシップを発揮した」といった高い評価がテレビメディアを中心に散見された。
しかし、そうした評価は実像を捉えていると言えるのだろうか。
小池は1952年生まれの67歳。球星気学という占術によれば三碧木星という星にあたり、2020年の運勢は極めて悪い。7月には、オリンピック開催と都知事選が控えており、2020年は彼女にとって特別な勝負の年だ。それなのに星回りが悪いと知って小池は動揺し、昨年末、著名な占術家のもとを訪れると、どうしたら厄を最小にすることができるか、真剣に尋ねていたという。
すると、まさに占いが的中するかのように、中国の湖北省武漢市で新型コロナウイルスが発生。日本でも感染が広がっていった。
1月には日本国内でも感染例が報告され、2月上旬にはダイヤモンド・プリンセス号の問題が起こり、2月13日以降は和歌山県における医師らの集団感染、東京では屋形船での集団感染が、それぞれ報じられた。
この時、和歌山県の仁坂吉伸知事は記者会見を開き、県民に自ら状況を説明。ここから和歌山県は知事の主導のもとPCR検査の拡充が図られ、感染者を早期発見するシステムが確立されていった。
一方、対照的に小池都知事は記者会見を開かず、感染状況や対策を都民に直接、訴えようとはしなかった。人前に出ることを好む彼女が、なぜ、それをしなかったのか。そこには政治的な駆け引きがあった。
小池氏
武漢のニュースに接して先見性のある知事たちは、真っ先に防護服やマスク、消毒液といった医療資源の備蓄の確認と、さらなる確保に努めていた。ところが、小池は真逆の行動を取る。東京都が備蓄してきた防護服とマスクのセットを次々と中国に寄付していったのだ。
1回目の寄付は1月28日。武漢市に向かう邦人帰国者用のチャーター機に湖北省に寄付する防護服を積んで欲しいと、小池から官邸に申し入れたのだ。これを政府が承認し、2万1000着の防護服が中国に運ばれた。この時はまだ、日本国内での感染は深刻化しておらず、時期的にも数量的にも違和感を覚えるものではなかった。この件は朝日、毎日、日経新聞などが報じている。
大量の防護服を中国へ
2月4日、小池は自民党本部で二階俊博幹事長と会談。東京都知事選の相談だと噂が立ったが、会談後、小池は「都知事選の話は出なかった」と否定した上で、二階から中国に寄付する防護服を追加で5万着から10万着、都から日本政府に支援して欲しいと要望されたと記者団に明かし、こう続けた。
「都の備蓄は十分にあるので、追加で5万着から10万着を中国での対策に使って欲しい。これから詳細を詰める」
だが、その後、実際に何万着が送られたのか、新聞で詳細が報じられることはなかった。週に1度行われる都知事定例記者会見でも、小池はそれを語っていない。
それでいて、小池は中国系メディアには積極的に防護服の件を語っている。2月6日に放映された香港フェニックステレビでは記者を小池が都庁に迎え、防護服を送った理由を、にこやかに述べている。
「必要なものを必要な時にお互い助け合うという言葉で、わたくし、こういう言葉を知っているんですね」
小池は手元に用意していた水色のフリップを記者につき出す。そこには「雪中送炭」の文字が大きく書かれてあった。記者がフリップを見入ると、小池はさらに続けた。
「はい。ですから、まさしく『雪中送炭』ではないかな、ということで今回、都のほうから10万着の防護服を送ることになりました」
香港フェニックスTVに登場
防護服に続いて話は東京オリンピックに移っていく。記者から「変更の予定はあるか」と聞かれた小池は、まったく支障はなく、変更は「一切ありません」と力をことさら込めて答えている。東京は安全であり、余裕があると印象づけるように。翌2月7日、都庁では定例記者会見が開かれた。だが、小池はここではひと言も防護服10万着を中国に寄付したとは報告していない。中国系メディアには語り、日本メディアには語らなかったのだ。そして、その後も、一切、事前に報道されずに東京都の防護服は次々と中国に寄付されていくのである。
13日には、5000着が、14日には1万着が寄付されている。
その頃にはすでに、防護服やマスクの備蓄が十分ではない、足りないと日本各地で問題になっていた。それなのに、さらに18日には、20万着もの防護服セットが都から中国に送られている。しかも、この情報は3月の都議会で自民党が都知事に質問するまで、まったく表に出ることがなかった。報道機関はもとより、都民は知る由もなく、計5回に渡って防護服は中国に寄付されたのである。総数は33万6000着。1着が約800円相当だと言われ、金額にすれば約2億5000万円である。これらは言うまでもなく都税によって購入された、都民の財産であり、有事への備えとして、備蓄されてきたものである。それなのに、コロナウイルスが日本でも蔓延し、明らかに有事となることが予想される中で、なぜ中国に次々と寄付されていったのか。その判断は都知事の一存でなされたのか。「雪中送炭」の精神で送ったと中国系メディアにフリップまで示して誇るのならば、なぜ、同じように堂々と日本メディアや都民には報告しなかったのだろうか。
二階幹事長を頼りに
小池は4年前の2016年、自民党員でありながら、自民党を激しく批判することで都知事選に圧勝した。自民党都連や都議を「ブラックボックス」「黒い頭のネズミ」と揶揄して敵とし、自分を利権まみれの巨大な悪と戦う正義だと都民に印象づけた。知事になってからも、この反自民党姿勢を貫き、圧倒的に支持された。
すると、彼女は次第に「女性初の総理」も夢ではないと、さらなる野心を抱くようになる。都知事では満足できなくなったのだ。そこで2017年、衆議院の解散に合わせて都知事でありながら「希望の党」を立ち上げると党首になり、国政復帰を果たそうとした。だが、「排除します」というひと言で風向きが変わり惨敗する。
その後、人気という下支えを失った彼女は、すぐさま自民党本部に頭を下げに行き、関係改善を求めた。だが、自民党内には小池への怒りや不信感が渦巻いていた。この時、小池の肩を持ち、間を取り持ったのが、実力者の二階幹事長だった。小池と二階は新進党、自由党、保守党を、ともに渡り歩いた仲で、古くからの付き合いがある。二階は言うまでもなく親中派、安倍総理もまた2020年4月に予定していた習近平来日を成功させることが、最大の政治課題とされていた。都知事が都民の命よりも、永田町の力学を重んじた結果、防護服は人知れず海を渡っていったのである。
二階氏
元テレビキャスターの小池は地道な行動よりも華やかな活動を好み、どの党でも、マスコミ対応や広報を担当した。逆の言い方をすれば、常に広報的な発想をする。今回のコロナ禍では、彼女のそうした性質が悪い意味で発揮されもした。
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source : 文藝春秋 2020年7月号