勇気を持って国民に「真実」を語る。結果に責任を負う。それが政治家だ。はたして今、政治は責任をとっているだろうか。私に想いがある。それは地方から日本を復活させること。きっと二階さんも菅さんも同じ想いだ。
「真実」を伝えたい
「政治家の仕事はたった1つ。勇気と真心を持って真実を語る。それができないのなら絶対になるな」
私が政治家になる前、渡辺美智雄先生から言われた言葉です。
「真実」の探究は困難な作業であり、しかも見出した「真実」は、往々にして国民の耳に心地良いものではない。だから、それを語る「勇気」を持たねばならないし、それを実現するためには「あの政治家が言っていることには耳を傾けてみよう」と思ってもらえる「真心」が必要だ――。私は、美智雄先生の言葉をそのように理解しています。
石破氏
よく「この程度の国民にこの程度の政治家」と嘯(うそぶ)く人がいますが、私はそうは思いません。
確かに「私は政治家を信じている」という人は稀でしょう。新橋のサラリーマン100人に聞いて、10人が「信じている」と言えば御の字です。しかし、「どうせ難しいことは国民には分からない」と、耳に心地良いことばかり述べ立てる政治家がいるとすれば、それは心の中で国民を軽侮し、信用していないのと同じ。国民を信用しない政治家が、国民から信用される道理はありません。
ですから、私は国民を信じて、心地良くない「真実」も言い続けてきました。集団的自衛権の行使もその1つでしょう。「石破は米国と手を組んで世界中で戦争したいのか」とも批判されますが、私は「日本と米国がお互いに守り合うことを義務とすることで初めて、日本国内の米軍基地について口を出す権利が持てる」ということを言いたいのです。「真心」が足りないのか、理解を得られていない面もありますが、国民を信じて「真実」を伝えていきたい。
新型コロナウイルスの感染拡大を巡る政府の対応についても、懸命に頑張っていることがあまり国民に伝わらなかったのではないでしょうか。それは政権のどこかに「どうせ国民は分かりっこない」というような考えがあったからではないか、と私には見えるのです。
解消されない国民の不安
新型コロナの感染拡大で、国民の間に大きな不安が広がりました。
例えば、PCR検査。安倍晋三総理は4月、「1日2万件まで増やす」と明言されましたが、一向に検査数は増えませんでした。5月に入ってからも「検査に必要な人員・機器が不足している」と説明していましたが、3月からその説明は変わっていません。
当初は人員・機器などの体制が整っていなかったので、PCR検査を絞ることで感染者抑制に繋がった面もあったと思いますが、その後もそれでいいはずはない。検査をしなければ、疫学的に今後の戦略を練ることはできない。何が問題で、それをいつまでに、どう改善するのか。そこを真摯に説明すれば、国民の不安はある程度解消できるはずです。
医療用マスクやガウンも依然、不足しているようですが、緊急事態宣言下だったわけですから、権限を与えられた各知事が都道府県内の状況を具体的に把握し、特措法で認められた「不足物資の売り渡し要請」を行うこともできたはずです。
緊急事態宣言の意味は、国民に自粛を求めることだけではありません。各知事が、国任せではなく、自らの権限として、これを最大限に行使するのが本来の趣旨です。ところが国が基本対処方針を示したので、地方の独自性は大幅に縮小されてしまいました。しかし、東京のような過密地域と、我が地元・鳥取のような過疎地域を同一に扱うことは合理性に乏しいと言わざるを得ません。
治療薬として期待される「アビガン」も総理は早期に使用について言及されていましたが、残念ながら早急な対応とは言えなかったと思います。中国で、アビガンが新型コロナに有効という論文が発表されたのはかなり早い時期でした。誤解されがちですが、中国の最高医療水準は非常に高い。そこで一定の効果が確認された段階で、日本でも早期に広く認める方策はあったと思います。
いくつかの段階を経て、今は、新型コロナに対してもアビガンの使用は可能です。ただし、①ご本人の希望、②病院の倫理審査委員会の了承、③観察研究の形式を採る、という要件が必要です。
私も党を通じて何度かアビガンの承認についてお願いをしました。ワクチンの開発には時間がかかると言われている中、早く治験を終えて正式に承認されることが望ましいと思います。レムデシビルの特例承認に倣って、早期の承認が望まれます。
議員会館に届いた布マスク
安倍総理が「国民の不安を解消する」として1世帯あたり2枚の布マスク配布を決められたことも、あまり好意的には受け止められませんでした。もちろん、決断された頃は本当にマスク不足でしたから、せめてマスクだけでもと思われたのでしょうが、1枚200円、5800万世帯として、郵送代、封筒代、宛名印刷料など全て含めて、466億円もの国費が使われます。これで国民の不安は解消されたのか。
もちろん、マスクが届いたことに感謝している人もおられるでしょう。ただ現実問題として、5月27日現在、配布率は僅か25%に留まっている。そんな中、議員宿舎や議員会館にはいち早くマスクが届いてしまった。会館はいつから「世帯」になったのか疑問ですが、せめて宿舎と会館には最後に届けるような配慮も必要だったと思います。こうした報道を国民がどう思うか、という想像力に乏しいのではないでしょうか。
星野源さんの楽曲「うちで踊ろう」とのコラボ動画も、そういう残念な例になってしまったと言わざるを得ません。安倍総理ご自身は、国民との一体感を考えられたのだと思います。おそらく総理に近い官僚が「動画を見たら国民は喜びます」と発案し、総理も「家でお茶を飲んだり、愛犬と過ごす時間も必要だと思ってくれるかな」とその提案を受け入れたのでしょう。しかし、国民の生活が本当に苦しい中で、好意的に受け取られることはありませんでした。
ただ、こうした「ズレ」は今に始まったことではありません。
例えば、2017年夏の都議選の応援で、集まった野党支持者に対して「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と発言され、批判されたこともありました。たしかに演説の声が聞こえなくなるような行動は民主主義として健全ではない。しかし総理ご自身がこのように発言されれば、それは国民の分断を招いてしまいます。
私もこれまで長く大臣を拝命しました。防衛庁長官として、有事法制の審議などでは野党の先生方から厳しい質問を受けました。しかし野党議員の後ろにも、何十万人という有権者がいる。賛成はして頂けなくても、納得はして頂きたい。「何とかして分かってもらいたい」という思いで答弁を重ねたのを覚えています。
こうした姿勢は、森友・加計問題や桜を見る会問題などでもたびたび見られましたが、検察庁法改正案を巡る対応には特に大きな「ズレ」が生じたと思います。
「『ズレ』は今に始まったことではない」
小泉今日子さんやきゃりーぱみゅぱみゅさんら、著名人を含む反対のツイートの激増は国民の声を体現したものでしょう。こういった「普通の肌感覚」を真摯に受け止め、その肌感覚を理論化することもまた、政治家の仕事ではないでしょうか。
改正案は、総理が何度も答弁された「検事も行政官だから、一般法である国家公務員法が適用されるのは当然」という考え方に基づいたものだと思います。改正前に「検察官には国家公務員法を適用しない」としてきた検察庁法施行以来の政府の立場を、閣議決定で解釈変更しています。
しかし、現行検察庁法の施行日は1947年5月3日。条文にはわざわざ「この法律は日本国憲法施行の日から施行」と記されています。つまり検察庁法は憲法体系の一翼を担っているに等しい出自をもっているのであり、その趣旨は重く受け止める必要があります。私自身、この事実を知ったのは5月中旬でした。自らの不勉強に深い反省の気持ちを抱いております。
「国民主権で選ばれた政府が人事を掌握するのは当然」と断じるのも危険な考えです。国民主権に基づく民主主義による結果が常に正しいとは限らない。先人の英知の積み重ねである立憲主義と、今を生きる人の意思や利益が反映される民主主義の結果は往々にして対立します。この止揚の実現のために政治は常に呻吟しなければなりません。
残念ながら、政府から国民に対して、こうした説明はなされませんでした。確かに難しい問題です。それでも、国民を信じ、「真実」を伝え続けるべきではないでしょうか。
「責任を負う」のが政治家だ
国民に「勇気と真心を持って真実を語る」。その上で結果に「責任を負える」のが、国民から選挙で選ばれる政治家です。「責任を負う」とは、すなわち、「職を賭す」ということ。そこが、同じように公に奉仕していても「責任を負えない」官僚や学者と決定的に異なる点です。
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source : 文藝春秋 2020年7月号