“調べ”の極意は、魚釣りと似ている
あれは平成元年――1989年8月9日のことだった。午前10時、都内の気温はすでに上がりはじめていた。私は八王子署の2階にある刑事課の取調室で、ある容疑者と対峙していた。
男の名前は、宮崎勤。
寡黙な普通の青年、というのが第一印象だった。白い長袖のシャツを、ズボンに入れずに出している。既に散々調べを受けて疲れていたのだろう。長い髪はボサボサで、顔は青白かった。時折、人の匂いを嗅ぐかのように、疑り深い目をこちらに向けてきた。
四畳一間の取調室には重苦しい空気が流れていた。テレビドラマで描かれているそれとは違い、現実の取調室には窓もスタンドライトもない。あるのは小さな机2つと椅子だけだ。私は机を壁際に押しやり、背中が壁につくくらいの位置に宮崎を座らせた。容疑者に圧迫感を感じさせるための“調べ”の常套手段だ。
このときはまだ、この寡黙な青年があの大事件にかかわっているとは想像もしていなかった。事件解決は、まさに「瓢箪から駒」だった。
昭和の最後から平成にかけて発生した「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」は、4歳から7歳までの幼い少女4人が犠牲となった凄惨な事件として、多くの人々に記憶されている。
犯人の宮崎勤(犯行当時26歳)は、1988年8月に入間市で岡本優子ちゃん(当時4歳・仮名)、10月に飯能市で石井里美ちゃん(当時7歳・仮名)、12月に川越市で村瀬由美子ちゃん(当時4歳・仮名)、翌年6月に東京都江東区で中田奈々ちゃん(当時5歳・仮名)を相次いで誘拐・殺害。幼女の遺体を切断、焼いた遺骨を遺族に送りつけ、「今田勇子」の名で犯行声明文を出すという「劇場型犯罪」は、日本中を震撼させた。
大峯泰廣氏(71)は、元警視庁捜査一課の刑事。捜査一課のエースとして様々な重大事件を解決に導き、数々の警視総監賞を受賞した“伝説の刑事”と呼ばれる人物だ。容疑者を自白に導く取調べ術に長け、「ロス疑惑(三浦和義事件)」(81〜82年)や「トリカブト保険金殺人事件」(86年)などの捜査において、特異な犯罪者たちと対峙してきた。
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source : 文藝春秋 2019年4月号