「抗原検査」でスーパースプレッダーを検出せよ

宮坂 昌之 大阪大学名誉教授
ニュース オピニオン 医療
ウイルスの「免疫」や「抗体」について、多くの誤解が生じている。仕組みを正しく理解して、どんな検査をすればいいのかをちゃんと知ろう。専門家がわかりやすく解説する「今、本当にするべき検査」とは?
宮坂昌之氏
 
宮坂氏

「免疫」や「抗体」の誤解

 新型コロナウイルスの流行が収束の方向に向かっている現在、メディアでは、今後の見通しに関して、次のように論じられています。

「新型ウイルスである以上、(実際に感染するか、ワクチンを接種するかによって)免疫(抗体)を獲得するまで感染のリスクは消えない」

「ワクチンは、早ければ来年初めにできるので、それまでの辛抱だ」

「いや、ワクチンができなくとも、社会の6割程度の人が免疫(=集団免疫)を獲得できれば、大流行は起こらない」

 となると、ワクチン開発の見通しとともに、「国民の抗体保有率」が問題になるわけですが、厚労省による抗体検査の結果(6月16日)は、「東京で0.1%、大阪で0.17%、宮城で0.03%」とかなり低く、「6割程度という集団免疫の獲得」にはほど遠いものでした。

 経済活動の再開にあたって、この結果は、多くの人を失望させました。「抗体保有率がこれほど低いと、秋冬にも懸念される第2波が心配だ」と。しかし、ここには、そもそも大きな誤解があります。

 私は長年、免疫学を研究してきました。その経験から見ても、新型コロナは、致死率こそ高くないですが、とても“厄介な”ウイルスです。それゆえに、このウイルスの「免疫」や「抗体」に関して、多くの誤解が生じています。この点をご理解いただくために、まず免疫学の基本をおさらいしましょう。

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「自然免疫」と「獲得免疫」

「免疫」と一口に言っても、さまざまなレベルの働きがあります(図1)。「免疫」は、大きく言って「自然免疫機構」と「獲得免疫機構」の“二段構え”になっています。

「自然免疫機構」には、2つの階層の「バリアー」があり、まず「皮膚」や「粘膜」、あるいはそこに存在する「殺菌物質」などが「物理的・化学的バリアー」として働きます。

 この後に待ち構えているのは、「食細胞」などの「白血球による細胞性バリアー(=細胞性バリアー①)」です。これらが病原体を食べたり、殺菌物質を用いて病原体を排除したりします。ここまでが、ヒトが生まれつき持つ「自然免疫機構(物理的・化学的バリアー+細胞性バリアー①)」です。

 この「自然免疫機構」を病原体が突破すると、「獲得免疫機構(=細胞性バリアー②)」の出番となります。これは、白血球のなかでも「リンパ球」が主体となって、「抗体」などを用いて病原体を排除しようとするバリアーです。

 ここで機能する「リンパ球」には、次の3種類があります。

 第1は、「Bリンパ球」で、「抗体」をつくります。

 第2は、「ヘルパーTリンパ球」で、他の細胞を助ける“司令塔”の役割を果たします。「Bリンパ球」が「抗体」をつくる上でも、病原体の侵入を察知する「ヘルパーTリンパ球」の助けが必要となります。

 第3は、「キラーTリンパ球」で、ウイルスに感染した細胞を見つけ出して感染細胞を殺します。

「自然免疫機構」と「獲得免疫機構」の特徴をまとめると、次のようになります。

 自然免疫機構=「生まれた時から持っている」「反応が早い(分単位、時間単位)」「免疫記憶は持たない」

 獲得免疫機構=「生後、獲得する」「反応が遅い(数日単位)」「免疫記憶を持つ」

「獲得免疫機構」について付け加えると、1度経験した病原体は覚えているので(=免疫記憶)、2度目の侵入にはすばやく反応します。これが「2度なしの原理」で、ワクチンも、この原理に基づいています。

 いずれにせよ、「獲得免疫」だけが「免疫」なのではなく、「自然免疫」と「獲得免疫」の全体が、我々の「免疫力=からだの抵抗力」を構成しているのです。

「免疫力の強さ」は、人それぞれ異なり、同じ個人でも、その時々の体調によって異なります。「自然免疫」が十分強い人なら、あるいは強く働く体調なら、「獲得免疫」を使わずに「自然免疫」だけで排除できるウイルスもあるのです。「獲得免疫」ばかりが注目されがちですが、「自然免疫」の役割も決して小さくありません。

使用_図1_自然免疫と獲得免疫
 
図1 自然免疫と獲得免疫

「集団免疫論」の誤り

 以上は「個体レベルの免疫」ですが、次に「集団レベルの免疫」について考えてみましょう。

 新型コロナに関して、「社会の6割程度の人が『抗体』を獲得(=集団免疫の獲得)できるまでは、いつでも流行する恐れがある」と言われていますが、この「6割程度」という数値には、一応の“根拠”があります。

「どの程度の割合で集団免疫が達成されるか」を示すのが、「集団免疫閾値」です。これは、感染症の種類によって異なります。それぞれ「感染力」が異なるからです。「感染力の強さ」は、1人の感染者が何人にうつすかを示す「基本再生産数」( R0)によって表されます。「集団免疫閾値」は、「基本再生産数」を使って、次のような公式で求められます。

「集団免疫閾値」=(1-1/R0)×100

 たとえば、感染力が極めて強い麻疹の場合、「基本再生産数」は「12〜18」で「集団免疫閾値」は「約90%」になります。おたふく風邪、風疹、ポリオも、「90%」近い値です。一方、季節性インフルエンザは、「基本再生産数」が「1.4〜4」で、「集団免疫閾値」は、低い場合で「30%」、高い場合で「75%」です。

 では新型コロナはどうか。「基本再生産数」は「2.5」と推定されていて、これを公式に当てはめると、「集団免疫閾値」は「60%」となります。

 しかし、ここで一つ大きな誤解が生じてしまいました。外出自粛の必要性を訴える感染症の専門家が、この計算を元に、「我々はこの新型ウイルスに対して免疫を全く持っていない。したがって、6割の人がかかり、何万人、何十万人も死ぬ。だから、ヒト同士の接触は8割削減する必要がある」と言ってしまったのです。

 これを最初に言い出したのは、英国の感染症専門家であるニール・ファーガソンですが、「集団免疫閾値」の定義からすれば、間違いです。「社会の6割が免疫を獲得すれば感染は広がらない」を「社会の6割の人が感染する」と言い換えてしまったのです。

 こうした事態は、現実には、絶対に起こりません。感染が広がれば、我々はおのずと対人距離を置くようになり、「 R0」は「2.5以下」になるからです。「 R0」は、固定値ではなく、「基本再生産数」と「実効再生産数」は区別しなければならないのに、「6割程度が感染」という数値が独り歩きしてしまったのです。実際には、「現状での新型コロナの集団免疫閾値は20%程度」ということも充分あり得るわけです。

「抗体」ができにくい?

「集団免疫」に関するこれまでの考えには、もう一つ大きな誤解があります。「免疫」には「自然免疫」も存在するのに、「獲得免疫」だけを問題にしていることです。「新型ウイルス」でも、「自然免疫」だけで感染を防ぐことも充分あり得ます。

「獲得免疫」に関して、「免疫を持つこと=抗体を持つこと」と考えるのも間違いです。「抗体」だけでなく、「ヘルパーTリンパ球」や「キラーTリンパ球」も、「獲得免疫」の重要な構成要素だからです。

 従来の「集団免疫論」は、麻疹、おたふく風邪といった感染症には有効でした。ワクチン接種で獲得した「抗体」が10年、20年も持続する感染症だからです。

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source : 文藝春秋 2020年8月号

genre : ニュース オピニオン 医療