「第2波」が猛威をふるっている2020年の日本の夏。コロナ危機の収束に向け私たちが生き残る道はどこにあるのか。経済優先か、感染防止優先か。4人の有識者が徹底討論!
国難を乗り越える
三浦 7月から政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が新たに設置されました。それまでコロナ対策について感染症専門家の見地から助言等を行っていた「専門家会議」が発展的に解消され、今後は「分科会」が日本の感染症対策について話し合っていくことになります。メンバーには感染症の専門家だけでなく経済学者、労組幹部、自治体の長なども入った。小林さんと舘田さんのお二人もメンバーです。
宮沢 お二人を前に恐縮ですが、分科会は正しく機能しているんでしょうか。私は、やはり政府にお墨付きを与えるだけの形式的なものになっているのではないかと懐疑的です。分科会では、各分野の専門家に意見を聞いた上で、政府はその意見に基づいて対策を決定することになっていますが、そのような手順にそもそもなっているのでしょうか。
舘田 政府の政策にお墨付きを与えるだけの、いわゆる「御用学者」だと言われていることは十分認識しています。しかし、専門家会議のときからそうですが、委員の先生方はどうしたらこの国難を乗り越えられるかを真剣に議論しています。分科会の目標は、社会経済と感染対策の両立ですから、感染症分野の人も経済分野の人も同じ場に集まって、それぞれ専門分野の知見をもとに活発な議論が行われています。
尾身コロナ分科会会長
三浦 実際の議論は、どうやって進められているのですか。
小林 1回の会議は2〜3時間くらいで、5〜6の議題について話し合います。だから1つの議題については大体20〜30分ぐらいですね。ただ、それぞれの議題について担当の官僚から説明がありますので、実質的な議論の時間は結構限られています。そこは残念ながら普通の審議会と同じで、大体事前のシナリオが決まっていて、それを了承するという方向になりやすい。しかし、それではいけませんから、事前にその日の議題を明示して、各委員がちゃんとよく考えて準備できる進め方にしてほしいと強く要望しなくてはいけないと思っています。というのも7月16日の第2回分科会では「Go Toトラベルキャンペーン」のことがあったから……。
小林氏(左上)、舘田氏(右上)、三浦氏(左下)、宮沢氏(右下)。座談会はZoomで行われた
専門家が一人もいない
舘田 たしかに。あの時の進め方はよくなかった。
小林 分科会が始まる1時間前に西村経済再生担当大臣が突然、「東京発着のケースは除外」を検討していると発表したので、みんなびっくりした。西村さんはその場で、この後の分科会で議論して正式に判断する予定だと言うんだけれど、私たち委員に事前の情報は一切なかったので、我々はニュースやネットで初めて知ったんですよ。「東京除外」について問題点はどこか、調べる時間なんてありませんでした。
西村氏
舘田 まさに寝耳に水でした。
小林 分科会で反対意見はありますかと問われても、準備不足で答えようがない。今さら聞かれてもというのが正直な感想でした。
舘田 私もそれは同感。「Go Toトラベル」の前倒し実施の話は数日前から出ていたでしょう。経済対策として政府がやりたいのはわかるんだけど、私はもう少し待った方がいいと思った。だからあの日、何の条件も付けずにやるというなら、反対しようと思っていたんです。
小林 それは感染拡大防止の観点から?
舘田 そうです。ところが、経緯はどうあれ、政府の方から一歩引いたわけです。もちろん「東京除外」だけでなく、1都3県がいいのか、あるいは大阪を含んだ方がいいのか、など議論の余地はありますよ。しかし、まず向こうから譲歩してきたから、私たちとしては受け入れざるを得ない。東京だけか、1都3県かという問題に正しい答えなんてないですからね。
小林 そうでしたか。政府も試行錯誤だと思いますが、ああいうやり方は良くない。あれでは政策提言どころではないですから。
宮沢 いきなり分科会の限界が見えたということでしょうか。この会にはマクロのウイルス学の専門家やコロナウイルスの専門家が選ばれていませんよね。コロナウイルスの対策を議論する場にその専門家がいないって、やはりおかしいと思います。
小林 いや、国立感染症研究所長の脇田隆字さんが入っていますよ。
宮沢 いやいや、脇田先生のご専門はC型肝炎ウイルス、しかもミクロなウイルス学です。霞が関や学会のしがらみに引きずられ、適材適所が行われているとは思えないんですよ。私はもっと適任者がいると思っています。
舘田 うーん。ただ、分科会の委員もどうやったら貢献できるか、責任感を持って取り組んでいるのは確かですよ。私は決して政府寄りの人間ではないけれど、西村大臣や加藤厚生労働大臣、あるいは政府の役人も寝る間も惜しんで仕事をしています。どれだけ一生懸命やっているか、中に入ってよくわかりました。
加藤氏
三浦 「Go To」に関しては、政府のヒヨリ方がみっともなかったとは思うけれど、経済を回しながら、コロナ対策をやっていくしかないという基本認識は間違ってはいないと思うんですね。でも政府のコロナ対策は、マスクも総理の広報動画もそうですが、国民への語り掛けのところで間違えてばかり。この2つの件では安倍総理を前面に出したことが間違いです。その点、「Go To」では、同じ過ちは犯しませんでしたけれど、もっとうまくできたはずだとは思いましたね。
それと分科会には、経済の専門家が新しく入ったわけですから、今後の経済シミュレーションをやって、3つくらい日本経済の損失シナリオを出してほしい。小林さんも経済の回復に向けた尽力をお願いします。
二転三転の安倍首相
意外と早く次の波がきた
小林 経済の話は後でやるとして、まず感染拡大の話から行きましょうか。7月は「第2波」の到来が大きな話題になりました。23日には、新規感染者数が1日981人と最多を更新。このうち東京都は366人で、初めて300人を超えました。
私は数理経済学者なので、感染症のモデルを自分でも計算してみましたが、このモデルでみると緊急事態宣言などで行動制限していれば、感染はだんだん収まっていくんですけれど、解除してしまうと確実に感染が拡大するという予測になるので、ほぼモデルの予測通りになりつつあると見ています。
三浦 私は公開情報しか知りませんが、4、5月の時のPCR検査と今行われている検査では数とロジックが違うのですから、感染者数が増えるのは当たり前です。今は、積極検査で症状のない若者の感染が見つかっているのですから、一概に感染者数だけでは論じられないでしょう。要は、夏にウイルスが活動しないわけではないということが分かっただけ。とすれば現在の感染拡大はある程度予測できたことで、マスクをし、うがい手洗いをして、大人数の宴会を避けて日常生活を続行する以外に生きていく道はない。だから「気を付けて行きましょうね」以上のことは言えないはずです。
舘田 私の実感としては、意外と早く、意外と大きな波がやってきたなと。波が来るのは、もう少し先かと思っていましたから。
宮沢 ただ、私としては今の状況をそこまで心配する必要はないと思っています。ホストクラブの検査状況を聞くと、今回の感染拡大の原因となった狭義の「夜の街」で感染が爆発したのは7月頭まで。7月後半に出て来ているのは、そこから漏れ出たウイルスで、それがいま市中感染となって広がっているようです。
600人でフェーズが変わる
小林 一般の国民は、新規感染者数に一喜一憂する毎日を送っていますが、感染症の専門家の感覚はちょっと違うようです。舘田さんに聞きたいのですが、何人くらいまでが許容範囲で、どのくらいのレベルまで数を抑えたいと考えていますか。
舘田 それは難しい質問ですね。私の個人的な予想ですが、東京での1日当たりの感染者数が600人以上に増加すると、完全に「フェーズが変わった」ということになるでしょう。また、200人前後がずっと続けば、徐々にベッドが埋まり、医療がひっ迫してきます。そんな中で院内感染が起きたり、あるいは老人ホームでクラスターが発生するなどして一気に重症例が増えると、医療崩壊を防ぐために緊急事態宣言を再び出すことも考えなくてはいけなくなる。
小林 逆にどれくらいの感染者数で収まっていると大丈夫ですか。
舘田 これも難しい質問ですが、クラスター対策班が、クラスターを追跡できるレベルまで人数を抑えられるといいと思います。具体的には東京都で新規感染者が100人前後まで下がるとよいかなと。そうなれば感染者が仮に出ても、その周りの濃厚接触者を検査して、無症状の感染者が広がっていないかチェックして、早期に抑え込むことができます。
小林 7月22日の分科会では、これまで公表されてきた「報告日」ごとの感染者数ではなく、より感染状況が正確にわかる「発症日」ごとの数字が初めて示されました。
舘田 正直、やっと出てきたかという感じですね。
小林 その東京での推移をみると、第1波がやってきた3月下旬は2週間で一気に感染者数が増えましたが、今回は5月下旬からすでに増加が始まっていて、増加のスピードは緩やかです。今後判明する発症日別の感染者数の推定値も微増と考えられることから、今は「爆発的な感染拡大とは言えない」というのが感染症専門家の方たちの結論でした。
宮沢 「東京問題」というにはちょっと大げさでした。
舘田 だから、世間ではいろいろ言われたけれど、「漸増」という結論に落ち着いたわけです。東京は今後、感染者数が横ばいか、やや上がり気味で推移していく可能性が高いと推測されています。むしろ心配なのは、大阪や京都、福岡のほうで、こちらは上昇カーブが急ですから、注意して見ておく必要があります。
宮沢 一方で、重症者の数がぜんぜん上がって来ないことに、ウイルス研究者として興味を惹かれています。一般にコロナウイルス(風邪ウイルス)というのは冬に猛威を振るい、夏には流行らない性質があると言われてきました。今回の新型も同じ性質を持っているのかと思っていたら感染は広がっている。でも重症化はしにくい。まだ様子を見ないといけないですが。
新型コロナウイルス
舘田 私も夏場に伝播性が低くなるかと思っていたけど、今の感染者数の増え方を見るとそうでもなさそうです。これが「新型」の特徴の一つかなと考えています。第2波で重症者が少ないのは、感染者の年齢、基礎疾患の有無によるところが大きいのではないでしょうか。
宮沢 そういう見方もありますが、もともと風邪のコロナも夏に流行っていたけれど、ひどくならなかったという話かもしれない。冬場は重症化するので流行化が見えていたのかもしれません。
舘田 最近になって、高齢者にも感染が広がってきていますから、これが重症例の増加に繋がるかどうか注意しておく必要がある。
強毒化の可能性は
小林 ひとつ気になっているのは、今後ウイルスが「強毒化」するのかどうか。死者数が一気に増えてしまう可能性はあるでしょうか。
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source : 文藝春秋 2020年9月号