ホスト万葉集

巻頭随筆

エンタメ 読書

 2年ほど前から、歌舞伎町のホストのみなさんと歌会をしている。「ホストたるもの短歌の一つも詠めてほしい」という手塚マキさんの発案だ。彼は、元ナンバーワンホストで、現在はホストクラブはじめ飲食店や美容室を経営する実業家。ホストに大事なのは「お客様のちょっとした一言から、背景や気持ちを読みとること、そして短い言葉で的確に思いを伝えること」だという。短歌を詠み、また短歌を読むことは、そのトレーニングにうってつけだと手塚さんは考えた。

「それは面白そう!」歌人の小佐野彈さんと野口あや子さんに誘われて、私も顔を出すようになった。開店前のホストクラブで、イケメンたちがスマホ片手に短歌を詠む。できた短歌は無記名で掲示され、今度はそれを読み、気に入った作品に投票する。感想を言い合うなか、講評やアドバイスをするのが我々歌人勢の役割だ。常連となって、めきめき腕を上げたホストもいる。

赤蜻蛉迷い込んだのは某事務所 命は巡る歌舞伎町にも  詠み人しらず(退店者)
1000円を前借りにして口にするおにぎり1個の我の悔しさ  武尊

 1首目は、人工的なイメージが強い歌舞伎町と赤蜻蛉の取り合わせが印象深い。「迷い込んだ」という動詞が、場違いな感じをうまく出している。「季節は巡る」なら普通だが「命は」としたところに、そこはかとない凄味が出た。日常的に歌舞伎町にいなくては詠めない歌だし、単なるスケッチで終わらせていないところがいい。

 2首目には、石川啄木ばりの哀愁が漂う。羽振りがいいのは、ほんの一部のホストだけ。手塚さんによると「多くの店では、2割の売れっ子が店全体の売上の8割を稼ぐ」とのこと。1000円とおにぎりという具体が効いている。

歌会を重ねるなかで、歌集にまとめようという機運が盛り上がった。当初は春先くらいを目指していたのだが、コロナ禍でそれどころではなくなってしまった。ホストクラブは、もっともあおりを受け、もっとも厳しい目にさらされた業種の1つである。自粛期間中は「自分磨きの時間に」と、手塚さんはホストたちを励まし、私たちはZoomを使って歌会を続けた。

眠らない街といわれたネオン街 たまにはゆっくりおやすみなさい  愛乃シゲル
夜が更けて意外と広いゴジラ前 静けさ光る靖国通り  TAKA
会えない日々 いつかまた会う日を望み84円に気持ちを乗せる  宮野真守
自粛期間日が暮れてくると思いだす あ、もうそろそろ店開く頃か  朋夜

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2020年9月号

genre : エンタメ 読書