安倍「歴代最長政権」コロナに敗れる

特集 安倍退陣の衝撃

曽我 豪 朝日新聞編集委員
ニュース 政治
この7年8カ月の長期政権とは、とどのつまり何だったのか。「安倍か反安倍か」の硬直した不毛な対立軸しか見出せなかったのではないか——。コロナ禍で内向きの政局に興じている場合ではない。今こそ「安倍以前」から総括し、30年来の平成レジームを超克すべき時なのである。

強烈な違和感

 安倍晋三首相が突然、7年8カ月に及んだ長期政権に終止符を打つと表明した8月28日、それでも永田町ではやはり、お決まりの政局風景が広がるばかりだった。

 自民党の各派閥は緊急に集い、総裁選戦略を練る。政権の共同責任が議論される間もなく、安定性ならば菅義偉官房長官か岸田文雄政調会長、世論の人気だと石破茂氏か、と政局的な品定めが先行する。石破氏に有利に働く可能性がある党員投票を全面的に挙行するか否か、そのカギを握るのは二階俊博幹事長だと、もっともらしい政局解説が横行した。

 野党は野党で、新首相が間髪を入れず衆院を解散するのではないかと浮き足立つ。それでなくともほんの少し前、時ならぬ解散風に煽られて立憲民主党と国民民主党の合流は結局、憲法や原発などの基本政策の統合や錬磨より、ただ「まとまれば勝てる」といった多数派工作が先行した。民意の期待感のなさは既に世論調査で明らかなのに、それでも候補者調整など目の前の選挙対策に奔走する。それもまた、何度も見せつけられた光景である。

 強烈な違和感がないだろうか。

 言うまでもなく、日本も世界も未曾有のコロナ禍という危機の真っ只中にある。感染防止と経済活動の再開・維持を両立させる見立てが困難な処方箋を政治はいまだ提起出来ていない。

 政策決定の迅速さと危機管理の確かさが身上だったはずの長期政権の対応の拙さも、揚げ足とりに終始する野党の対案のなさも、共に世論が受容出来るものではない。

 吉村洋文大阪府知事ら、地方行政の現場で機敏に対応する新世代の首長らが脚光を浴びても、永田町の与野党の政治家たちは依然として古い政局の駆け引きにとどまる。

 この7年8カ月の政治はとどのつまり、「安倍か反安倍か」の硬直した不毛な対立軸しか見出せなかったのだ。立憲民主党の石垣のりこ参院議員が首相の辞意表明当日、「大事な時に体を壊す癖がある危機管理能力のない人物」などとツイートし炎上、謝罪に追い込まれたのはまさにその不毛な政治の象徴であった。

 この間の世論調査の政党支持率をみれば、確かに野党の「多弱」と自民党の「一強」は変わらぬように思える。だが本当の圧倒的多数は「支持政党なし」と答える無党派ではないのか。

「安倍以前」から総括すべき

 もし後者に恐れを感じず前者の表向きの有利さだけに依って安易なポスト安倍選びに終始すれば、自民党が後々、大きなしっぺ返しを喰らっても不思議ではない。むろん、野党が政策不在の拙速な大同団結のままでは現在の劣勢を抜け出せないのもまた、論をまたない。従って、自民党総裁選にせよ、野党の新党づくりにせよ、ほぼ1年以内に必ず行われる政権選択の衆院選にせよ、時代の混迷を打ち払う政策とリーダー及びチーム、さらに新たな合意形成の方法を備えた者が勝利すべきなのだ。

 そこで思う。果たして、総括と清算をすべきものは、ただこの7年8カ月の安倍長期政権だけで良いのだろうか。もっと長いスパンの、より本質的な政治の歴史の功罪をその対象とすべきなのではないか。政権と野党が等しく対応不全の混迷に沈む今、そう思わざるを得ない。

 もとより、返り咲きからわずか半年で安倍政権が衆参の圧倒的多数を制する「一強」へと駆け上ったのは、その前に混乱を極めた6年間の不安定な政治があったからこそだろう。

 安倍氏自身が1度目の政権において参院選で惨敗し、衆参はねじれて政策遂行は暗礁に乗り上げた。福田康夫氏を挟んで首相に就いた麻生太郎氏は衆院選で自民党史に残る大敗を喫して野党に転落した。

画像5
 
麻生太郎氏

 だが民主党政権も参院選大敗と衆参ねじれという同じ轍を踏んだ。政権の頓挫の共通点は、ほぼ1年ごとに次々と民意の支持を失った首相の数が自民と民主で同じ3人ずつだったことにあるだけではない。衆院選勝利で膨れ上がった民意の大いなる期待は、政治の実を示せなければ容易に大いなる失望へと転化する。その同一の過ちこそが、6年間の不安定な政治を生んだ主因だった。

 安倍、麻生両氏が政権に返り咲く際、着目していたのはまさにそこだった。ただ、乗り越えようとしたのはその6年間だけではなかった。

 安倍氏の悔恨は、発足時の高い内閣支持率に寄りかかり教育基本法改正など本願の保守的諸改革を拙速に全面展開しようとして世論に離反されたことにあった。だが考えてみれば、当初の支持率の高さとて結局は自分の若さに向けられたものでしかなかったのである。

 つまり「世代交代」にせよ、民主党政権が標榜した「政権交代」にせよ、ワンフレーズで世論を喚起するやり方そのものが決定的に時代の要請からズレてしまったとの認識があった。換言すれば、安倍、麻生両氏がそれぞれ官房長官、政調会長として参画した小泉純一郎政権の最大の特性であった劇場型政治もまた、決して継承ではなく清算の対象だと思い定めていたのである。

画像3
 
劇場型政治の小泉純一郎元首相

良くも悪くも現実主義者

 2005年の郵政解散・衆院選において小泉首相は、ただの自民党の内紛だったにも関わらず、自らを改革者に見立て敵対者を反対勢力に仕立て上げ、さも国家の大事のように演出し世論を喚起した。だが民意が求めるのはもはや、歯切れだけはいい首相の掛け声より、目に見える実利を残す政権全体の働きへと転じていたのだ。

有料会員になると、この記事の続きをお読みいただけます。

記事もオンライン番組もすべて見放題
初月300円で今すぐ新規登録!

初回登録は初月300円

月額プラン

1ヶ月更新

1,200円/月

初回登録は初月300円
※2カ月目以降は通常価格で自動更新となります。

年額プラン

10,800円一括払い・1年更新

900円/月

1年分一括のお支払いとなります。
※トートバッグ付き

電子版+雑誌プラン

12,000円一括払い・1年更新

1,000円/月

※1年分一括のお支払いとなります
※トートバッグ付き
雑誌プランについて詳しく見る

有料会員になると…

日本を代表する各界の著名人がホンネを語る
創刊100年の雑誌「文藝春秋」の全記事、全オンライン番組が見放題!

  • 最新記事が発売前に読める
  • 毎月10本配信のオンライン番組が視聴可能
  • 編集長による記事解説ニュースレターを配信
  • 過去10年6,000本以上の記事アーカイブが読み放題
  • 電子版オリジナル記事が読める
有料会員についてもっと詳しく見る

source : 文藝春秋 2020年10月号

genre : ニュース 政治